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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12351号 判決

原告(反訴被告) 甲野太郎

〈ほか一名〉

被告(反訴原告) 丙川春子

〈ほか一名〉

主文

一  被告(反訴原告)丙川春子は、原告(反訴被告)らに対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五五年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告丙川夏夫は、原告らに対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五五年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  反訴原告(被告)丙川春子の反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを五分し、その四を原告ら(反訴被告)の負担とし、その一を被告丙川春子(反訴原告)、同丙川夏夫の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴請求について)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下「被告」という。)丙川春子は、原告(反訴被告。以下「原告」という。)らに対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告丙川夏夫は、原告らに対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五五年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴請求について)

一  請求の趣旨

1 原告らは、被告丙川春子に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五七年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 原告らは、被告丙川春子に対し、昭和五三年六月付被告丙川春子名義の印鑑証明書二通を引き渡せ。

3 原告らは、被告丙川春子に対し、金一〇〇万円を支払え。

4 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第四項と同旨。

2 訴訟費用は被告丙川春子の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴請求について)

一  請求原因

1 原告らの地位

原告甲野太郎(以下「甲野」という。)は第二東京弁護士会に所属する弁護士、原告乙山花子(以下「乙山」という。)は第一東京弁護士会に所属する弁護士であり、原告らはいずれも東京都千代田区《番地省略》に事務所を有し、弁護士業務を行う者である。

2 長岡事件の受任

原告らは、昭和五二年四月八日、被告丙川春子(以下「春子」という。)から、同被告と同被告の実弟である訴外丙川梅三郎(以下「梅三郎」という。)との間の、亡父丙川竹次郎(昭和二五年七月二二日死亡。以下「竹次郎」という。)の遺産分割及びこれに関連する訴外梅三郎の不法行為に対する損害賠償請求を含む一切の紛争(以下「長岡事件」という。)の解決について依頼を受け、これを受任した。原告乙山は、受任に際し、被告春子に対し日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の報酬等基準規程を示して弁護士報酬について説明をし、同被告は、原告両名に対し右報酬等基準規程により報酬を支払うことを約した。そして、着手金として原告らに金五〇万円を支払った。

3 原告らの長岡事件の訴訟活動

(一) 原告らが被告春子から委任を受けた時点で既に左記(1)ないし(3)の事件が新潟地方裁判所長岡支部に係属しており、原告らは右三事件を引き継いでその訴訟活動を行った。

(1) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五〇年(ワ)第二〇三号所有権移転登記抹消登記等請求事件

右事件は、訴外梅三郎に対する、遺産である山林(新潟県十日町市《番地省略》外七筆。通称「扇の間」と呼ばれる土地。)を無断で第三者に売却したことによる損害賠償、遺産である山林(長野県下水内郡《番地省略》外二筆。通称「坪野の土地」と呼ばれる。)上に成育していた立木を無断で第三者に売却したことによる損害賠償、遺産である山林(新潟県十日町市《番地省略》)上に生育していた立木を無断で伐採したことによる損害賠償、以上合計金一八三六万九六九六円の請求及び訴外梅三郎の長男丙川一郎、次男二郎、三男三郎に対する遺産である山林又は原野の一部についての所有権移転登記の抹消登記手続請求を内容とするものである。

(2) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五一年(ワ)第一三三号損害賠償請求事件

右事件は、訴外梅三郎に対する、遺産である山林(長野県下水内郡《番地省略》。通称「袖沢の土地」)の土地及び立木を無断で第三者に売却したことによる損害賠償及び遺産である山林(新潟県中魚沼郡《番地省略》。通称「江尻の土地」)上に生育していた立木を無断で伐採したことによる損害賠償、以上合計金二〇八四万四三三三円の請求を内容とするものである。

(3) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五一年(ワ)第一四二号損害賠償請求事件

右事件は、訴外梅三郎に対する、遺産である山林(長野県下水内郡《番地省略》外八筆。通称「十二沢の土地」)上の立木を無断で伐採し他に譲渡したことによる金七六〇万円の損害賠償請求を内容とするものである。

(二) 原告らが受注した時点で、被告春子の訴える内容は次のとおりであった。即ち、それまでに訴外梅三郎が行った不法行為に対する民事上の損害賠償と刑事上の制裁、最終の目標である遺産の分割、そこに至るまで訴外梅三郎が被告春子の権利を利用することによる受益の禁止及び新たな不法行為の予防措置、以上のとおりであった。

(三) そこで、原告らは、右(二)の依頼に基づいて左記(1)ないし(7)のとおり弁護士業務を行った。

(1) 遺産内容の把握及び遺産目録の調製

(2) 新潟家庭裁判所長岡支部昭和五二年(家イ)第六六号遺産分割調停申立事件

被告春子は、当初は遺産の一部でも取得したい、自己の土地を取得して家を建てたいという意向を有しており、原告らも、遺産分割調停の進行過程で遺産を把握することができるかもしれないうえ、被告春子から依頼された事件の最終目標が遺産の分割であり、遺産分割手続の中で訴外梅三郎が不法行為によって得た利益を自己の取得分から控除して分割が行われるならば紛争の解決が一挙に図られるはずであるから、いずれにせよ遺産分割調停を申し立ててみる必要があるとの判断に基づき、昭和五二年六月二三日新潟家庭裁判所長岡支部に遺産分割調停を申し立てた。しかし、右調停手続において、訴外梅三郎側は、同訴外人の子の名義にした登記を抹消のうえ現存する遺産を二分の一ずつ分割することには応じたものの、不法行為による利得については認めなかったため、この点について本案の結果を待たざるを得なくなった。

(3) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五二年(ワ)第二六〇号損害賠償等請求事件

訴外梅三郎側は右(2)の調停において不法行為による利得を認めなかったので、原告らは、訴外梅三郎が行った、遺産である山林の無断譲渡等の不法行為のうち、いまだ訴えが提起されていなかった山林(新潟県中魚沼郡《番地省略》外一筆)上に生育していた立木を無断で他に譲渡したことによる金二三〇〇万円の損害賠償を求める訴えを昭和五二年一〇月三日新潟地方裁判所長岡支部に提起した。なお被告春子は、原告らに対し、訴外梅三郎は遺産である共有地上に無断で家を建てて住み、自分には家を建てさせなかった、何故こんなことが許されるのかと繰り返し訴えたため、原告らは被告春子の右意向をくんで右損害賠償請求に加えて、訴外梅三郎が遺産である共有地上に無断で家屋を建てているとして同土地の明渡を求める請求、及び相続による共有登記をした土地について相続人の一人である訴外丙川ウメ(被告春子及び訴外梅三郎の母)がその持分(三分の一)を各二分の一ずつ被告春子及び訴外梅三郎に贈与したとして被告春子及び訴外梅三郎の持分がそれぞれ二分の一であることの確認を求め、かつその分割を求める請求を併合して提起した。

(4) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(ワ)第五二号共有物確認等請求事件

原告らは、訴外梅三郎名義の山林等について、亡父竹次郎が生前訴外梅三郎名義を借りて登記したものにすぎずその実体は遺産であるとの被告春子の主張に基づいて、右山林等が遺産である旨の共有物確認の訴えを昭和五三年二月二〇日新潟地方裁判所長岡支部に提起した。

(5) 新潟地方検察庁長岡支部への訴外梅三郎に対する森林窃盗告訴事件

被告春子の訴える訴外梅三郎の遺産山林上の立木無断伐採のうち比較的新しい事案である大赤沢(新潟県中魚沼郡《番地省略》、同《番地省略》)の事案について、原告らは昭和五二年八月三日訴外梅三郎を森林窃盗の容疑で新潟地方検察庁長岡支部に対し刑事告訴した。

(6) 保全処分

原告らは、訴外梅三郎の不法行為に関連して、次のとおり保全処分手続を行った。

(イ) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(ヨ)第九〇号ないし第一〇四号債権仮差押命令申請事件

被告春子は、訴外梅三郎は遺産を無断で処分して贅沢な生活をしているから、梅三郎の財産を押えて息の根を止めてしまう法律上の手続をとってほしい、訴外梅三郎は相当の家賃収入を得ているから何としてもこれを押えてくれと原告らに懇請した。被告春子の訴えによれば訴外梅三郎が遺産を無断で処分して得た売得金は合計一億一四三〇万円に上り、訴外梅三郎が取得するであろう遺産は相当程度あろうことが予想されたが、今後訴外梅三郎よりどのような手段がとられるやも知れないから、訴外梅三郎の所有するアパートから上がる賃料を押えておこうということになり、原告甲野が同アパートの居住者、賃料等を調査のうえ、昭和五三年七月三一日新潟地方裁判所長岡支部に対し全居住者一五名を第三債権者とする賃料債権の仮差押命令を申請した。

(ロ) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五三年(ヨ)第一二二号山林等処分禁止仮処分命令申請事件

被告春子は、訴外梅三郎は訴え提起後も遺産である山林上の立木を伐採処分しており、同訴外人名義の山林はもとより、被相続人名義の山林まで売却してしまう位であるから、これから先益々どうなるかわからないと強く訴えたため、原告らは、訴外梅三郎名義となっている山林五九筆について、昭和五三年九月一八日新潟地方裁判所長岡支部に対し処分禁止仮処分命令を申請した。

(ハ) 新潟地方裁判所長岡支部昭和五四年(モ)第二七一号不動産仮処分決定に対する異議申立事件

右(ロ)の申請に基づく処分禁止仮処分決定に対し訴外梅三郎は異議を申し立てたので、原告らはこれに応訴した。

(7) 現地調査

(イ) 原告らは訴外梅三郎に対する右(5)の森林窃盗告訴事件について、新潟地方検察庁長岡支部の会田検事から昭和五二年一〇月初旬ころ森林窃盗現場の案内を求められ、これを受けて原告甲野は同年一〇月二〇日に現地へ出張し、翌二一日犯罪地現場である大赤沢の山林において同検事に対し山林伐採状況を指示説明した。そして引き続き同月二二日及び二三日の両日、原告甲野は右大赤沢の山林並びに十二沢の山林及び坪野の山林について立木の伐採状況及び立木の成育状況を調査し、各証拠写真を撮影したうえ、各損害賠償事件の証拠として裁判所に提出した。

(ロ) 原告甲野は、昭和五三年四月二八日から五月二日にかけて新潟県十日町市に出張した。この時はいまだ現地の雪が多くて山道が雪で埋まり危険なため、山奥の山林の調査を断念し、十日町近在の扇の間と称する土地の調査及び右(6)(イ)の仮差押命令申請の準備として訴外梅三郎の居住家屋、同訴外人が賃貸中の建物の居住者の氏名、賃貸条件等の調査を行った。

(ハ) 原告甲野は、昭和五三年五月二〇日から二一日にかけて新潟県十日町市に出張して現地調査を行った。

なお右(イ)ないし(ハ)の現地調査はいずれも原告らが受任事務を処理するうえで最も苦労を要した点の一つであった。

(四) 訴訟活動及びその準備の実際

原告両名が行った訴訟活動及びその準備の具体的経過はおおむね別紙「訴訟活動及びその準備の実際(一)」記載のとおりである。

(五) 原告両名の苦労

(1) 被告春子は、亡父竹次郎が生前その総財産を山林台帳に書き残し、また遺産の分配について遺言書を作成しているものと確信しており、原告らに対して訴外梅三郎側に右山林台帳及び遺言書を提出させるよう繰り返し強く要請してきかなかった。そのため原告らは、訴外梅三郎側に対し右山林台帳及び遺言書を提出するよう新潟地方裁判所長岡支部の民事法廷及び同家庭裁判所同支部の遺産分割調停期日において裁判官及び調停委員を通じて再三再四要求した他、内容証明郵便でもって訴外梅三郎に遺言書の提出及び検認手続を催告するなど最大限の努力をした。これに対して訴外梅三郎側は、被告春子が主張するような山林台帳及び遺言書は保管していない旨終始主張し、ただ被告春子側が指摘するのは「遺訓遺言」の「返り証書」及び「山林造植林原簿」ではないかとして右各書面を証拠として提出した。そこで原告らは訴外梅三郎の提出にかかる右各書面が被告春子の主張する遺言書及び山林台帳とは違うものであるとの主張を苦労してまとめ、被告春子に対し遺言書及び山林台帳が真実存在したはずであると考える根拠を問い質すなど、依頼者である被告春子の意向に沿うべく努力を惜しまなかった。

(2) 被告春子から受任した事件は、遺産の範囲、山林の所在地、立木の管理、育成状況、訴外梅三郎による山林立木の無断伐採状況、損害額の立証等その事件の全貌についての把握がきわめて困難なものであったが、被告春子は事件の内容についてきわめて暖昧な知識しか持ち合わせていなかった。そこで原告らはまず膨大な遺産の範囲を把握する作業に取りかかったが、これについては被告春子もきわめて熱心に協力し、昭和五二年四月一五日、二三日及び同年六月一八日の三回にわたる打ち合わせをへて、未完成ながら一応の遺産目録を作成した。しかし遺産である山林の所在地、訴外梅三郎らによる立木伐採状況、及び損害額の立証については、被告春子は比較的関心を示さず、なかなか原告らに協力しなかった。そのため原告らは被告春子に対し、現場の把握及び損害額の立証の必要性及び重要性を繰り返し説明した他、その立証活動の指針として、次の三点、即ち、第一に現実に立木を買った者、伐採業者、人夫、山林差配人らを証人として申請し、立木の種類、数量、太さ、大きさ、取得場所、取得価格等につき具体的に証言してもらうこと、第二に現地で人夫又は材木業者に調査を依頼し具体的に立木の伐採痕を探索し、立木の種類、太さ、数量、伐採時の値段及び訴え提起時の値段を算出してもらい、その具体的資料を作成し裁判所に証拠資料として提出すること、第三に裁判所に訴外梅三郎による山林不法伐採現場を検証してもらい、裁判官に訴外梅三郎が被告春子も持分を有する価値の存する立木を伐採した事実について具体的に心証を得てもらうようにすること、以上三点を力説した。以上のとおり、原告らは、被告春子が勝訴判決を得られるよう最大限努力し、これについて被告春子の協力を求めた。

(3) 被告春子は、原告らに証拠原本を預けず、原告らが証拠原本を期日に必ず持参するよう指示しても、その写を裁判所に提出しさえすれば立証として十分であり、大切な証拠原本を裁判所に持参する必要はないとの見解に基づき、原告らの指示を無視して証拠原本を裁判所に持参しなかった。そのため、原告らは被告春子に対し、いかに証拠原本が大切であっても必要なときに裁判所に提出して利用しない限り宝の持ち腐れであり、原本を持参することは絶対に必要であることを力説した。

(4) 被告春子は自我が強く、自己中心的でかつ猜疑心が非常に強い女性であり、原告らの専門的見解をなかなか聞き入れようとせず、原告らが新潟地方裁所長岡支部の構内又は法廷で開廷前に訴外梅三郎やその訴訟代理人の涌井鶴太郎(以下「涌井」という。)弁護士に挨拶をすると、被告春子は原告らが訴外梅三郎及び涌井弁護士と通謀し悪巧みをしているかの如き態度と言辞を弄し、訴外梅三郎側の反対尋問の際原告らが自ら発言しないことをもって黙って座っているだけだからわざわざ二名で来なくてもよい旨述べたり、被告春子が原告らへ委任する前に解任した春日寛、成富安信、成富信方、畑中耕造の各弁護士についても訴外梅三郎や涌井弁護士と通謀し全く仕事をしてくれなかったと苦情を述べた。被告春子はまた訴外梅三郎、その妻梅子及び涌井弁護士に対する憎しみが強く、妻梅子についてはかつて被告春子の恩を受けながらこれを忘れ、訴外梅三郎と一緒になって亡父竹次郎の遺産を独占している悪女だとし、涌井弁護士については被告春子から委任状を騙し取ってこれを悪用し訴外梅三郎と共謀して亡父竹次郎の遺言書及び山林台帳を隠匿している悪徳弁護士であると非難し、原告らに対し同弁護士を新潟弁護士会へ懲戒申立をしてくれとまで要請した。原告らは、受任事件を処理する過程において被告春子の右のような性格を十分に知ることができたので、事件の進行処理については慎重を期し誠実に訴訟遂行に当たった。

4 土地境界確定事件の受任及びその訴訟活動

(一) 原告らは、昭和五二年七月四日、被告春子の夫である被告丙川夏夫(以下「夏夫」という。)から、同被告宅と隣家の訴外丁原秋夫との間の宅地境界に関する紛争(以下「土地境界確定事件」という。)について依頼を受け、これを受任した。受任に際し、被告夏夫は、原告らに対し着手金として金一〇万円を支払い、報酬については日弁連の報酬等基準規程により支払う旨約した。

(二) 原告らは受任後直ちに関係書類を検討し、被告夏夫宅を訪ねて境界の状況を調査して事件の内容を把握したうえで、同じく隣家であり右係争土地の売主である訴外戊田冬夫と面談し接渉した。しかし右事件は相当古くから継続する問題であり、容易に解決が図れないまま、昭和五二年九月三日訴外丁原から被告夏夫に対し神奈川簡易裁判所に土地境界確定の訴えが提起された。

(三) 原告らは、右訴訟係属後、大抵の場合そのいづれかが神奈川簡易裁判所へ別紙「訴訟活動及びその準備の実際(二)」記載のとおり出廷し、証人戊田冬夫、同戊山梅夫及び同被告春子の各証人尋問期日においては適切な尋問を行い、被告夏夫の主張を裁判所に認めてもらうため誠実に訴訟遂行をした。

5 解任の経過

(一) 昭和五四年一二月二八日被告春子は原告ら事務所を訪れ、新潟地方裁判所長岡支部に係属中の全事件について手持の訴訟関係書類と照合してみたいので一件記録を貸して欲しい旨申し出た。原告らは、次回期日の準備の都合があるので、一か月間の約束で右一件記録を貸し渡した。

(二) 翌昭和五五年二月二日被告らは長女及び次女を伴って原告ら事務所を訪れ、原告らに対し、「被告宅から原告ら事務所までは距離が遠く、年齢的に来るのが大変になってきたので、断りたい。解決がついたときは真先に御礼に来ますから。」と述べて、原告らを解任する旨の意思表示をした。原告らは、これをきちんとした約束事にして欲しい旨述べるとともに、解任の理由を尋ねたが、被告らは何ら具体的理由を述べないまま、いったん持参した一件記録を原告らが強く返還を求めるのを振り切って持ち返った。

6 被告らの報酬支払義務

(一) 被告らは、原告らが格別に犠牲的に力を入れてその受任事件を処理してきたにもかかわらず、いわれなき猜疑心から不法に原告らを解任したものであり、日弁連の報酬等基準規程第五条所定の「依頼者が弁護士の責に帰することのできない事由で弁護士を解任したとき」に当たるから、原告らは、被告らに対し、同第五条に基づき、弁護士報酬等の全額を請求することができるものというべきである。

(二) 仮に報酬等の額について右報酬等基準規程による約であったことが認められないとしても、弁護士の訴訟委任事務処理に対する報酬等の額については、事件の難易、訴額及び労力の程度のみならず、依頼者との平生の関係、所属弁護士会の報酬規程等その他諸般の状況をも審査し、当事者の意思を推定し、もって相当報酬額を算定すべきであり、しかも本件の場合被告らは弁護士の責に帰することのできない事由で弁護士を解任した場合であるから、原告らは被告らに対し右基準に従って算定した報酬等の全額を請求することができるものというべきである。

7 報酬等の額

(一) 原告らが被告春子から受任した訴訟事件等の内容及びその訴訟物の価額等経済的利益の程度については別紙「訴訟事件等一覧表及びその訴訟物の価額等」記載のとおりであり、これを報酬等基準規程にあてはめて算定すれば膨大な報酬額となるが、遺産を一つの目的物としてみた場合、これをいかに低く評価しても金二億円を下回ることはあり得ないので、これを基準に日弁連の報酬等基準規程一八条一項に照らし算出すれば、被告春子の支払うべき報酬等の額は金一〇〇〇万円となる。

(二) 原告らが被告夏夫から受任した境界確定事件については、係争範囲の面積があまりに僅少であって報酬等の算定の基準となし得ないので、事件の対象の経済的利益の算定が不能な場合として報酬等基準規程第一七条によりこれを金三〇〇万円とみなし、これを基準に第一八条に照らし算出すれば、被告夏夫の支払うべき報酬の額は金三〇万円となる。

8 よって、原告らは、被告春子に対しては弁護士報酬金一〇〇〇万円、被告夏夫に対しては弁護士報酬金三〇万円、及び右各金員に対するそれぞれ解任の日である昭和五五年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2のうち、原告乙山が原告ら主張の日時に被告春子から原告ら主張の紛争の解決について依頼を受けこれを受任した事実、及び被告春子が着手金として金五〇万円を支払った事実は認め、その余の事実は否認する。被告春子は、右紛争の解決を原告乙山のみに委任したが、委任状には原告甲野の氏名が無断で記載してあり、被告春子は原告甲野も原告乙山と共に事件を受任することについて原告乙山から何の説明も受けないまま右委任状に記名押印し、同月一五日の原告ら事務所における打合せの際原告甲野の存在を知って同原告に対する訴訟委任を追認したものである。また、被告春子は委任当日原告乙山から弁護士報酬について一切説明を受けていない。被告春子が日弁連の報酬等基準規程に初めて接したのは、昭和五四年五月初旬原告らから実費等の計算書とともに右規程のコピーが送付されたときである。

3 請求原因3について

(一) 同3(一)の事実は認める

(二) 同3(二)は争う。被告春子は、原告らに委任した時点で、原告らに対して同3(一)(1)ないし(3)の各訴訟事件の追行及び同3(三)(3)の損害賠償請求の訴えの提起のみを依頼したにすぎず、遺産分割調停及び保全処分手続は依頼していない。

(三) 同3(三)について

(1) 原告らが同3(三)(1)の活動をした事実は認める。

(2) 原告らが同3(三)(2)の調停申立をした事実及び右調停事件の手続の進行が原告ら主張のとおりであった事実は認め、その余は争う。被告春子は原告らに対し遺産分割の前提問題である訴外梅三郎の遺産に対する不法行為事件の解決を先にし、その後で遺産分割調停を行うよう依頼したにもかかわらず、原告らは被告春子の意思に反して先に遺産分割の調停申立をしたものであり、その結果右調停事件は前提問題である不法行為事件が解決するまで進行が止まってしまったのである。

(3) 原告らが同3(三)(3)のとおりの内容の損害賠償等請求事件を提起した事実は認め、家屋収去土地明渡請求及び共有物確認請求の併合提起が被告春子の意向をくんだものであるとの点は否認する。右各請求の併合提起は、被告春子において事後承諾したものの、遺産分割を後回しにしたいとする被告春子の方針を無視したものであるのみならず、一連の紛争の解決によって不必要かつ無益なものであり、原告らを解任後に被告春子が新しく選任した弁護士によって右各請求は昭和五六年二月二三日いずれも訴えの取下がなされた。

(4) 原告らが同3(三)(4)のとおりの内容の共有物確認等請求事件を提起した事実は認め、右事件の提起が被告春子の主張に基づくものであるとの点は否認する。被告春子は原告らに対し右事件の提起を依頼していない。

(5) 原告らが同3(三)(5)のとおり告訴を提起した事実は認める。

(6) 原告らが同3(三)(6)(イ)(ロ)(ハ)のとおり保全処分手続をした事実は認め、その余は否認する。被告春子は原告らに対し保全処分手続を積極的に依頼したことはない。そもそも訴外梅三郎には十分な弁済能力が存するから原告らのした資料の仮差押はその必要性がなかったうえ、原告らは第三債務者(賃借人)をして賃料を供託せしめるなどの仮差押にかかる賃料を確保する措置を怠った。また、原告らは、遺産分割調停を申し立てている以上、遺産の保全措置は右調停申立後遅滞なく家事審判規則一三三条の調停前の処分を申請すべきであり、原告らが右調停申立後約一年二か月以上も後に高額な保証金(三四〇万円)を要する処分禁止仮処分を申請したのはその方法及び時期において妥当性を欠く。なお原告らは同3(三)(6)(ハ)の仮処分異議訴訟の係属を被告春子に知らせなかった。

(7) 原告甲野が同3(三)(7)(ロ)及び(ハ)の各日時に原告ら主張の場所に赴いて現地調査を行った事実は認め、同3(三)(7)(イ)の日時に原告ら主張の場所で現地調査をした事実は否認し、同原告が現地調査で苦労したとの主張は争う。原告甲野は昭和五二年一〇月二〇日に会田検事に同行して犯罪地である大赤沢の山林を見分し、翌一〇月二一日も大赤沢の山林を現地調査し、翌一〇月二二日に十二沢の山林及び坪野の山林を見分して同日帰途についたのであり、同月二三日は現地調査をしていない。なお、右昭和五二年一〇月二〇日の山林見分の際被告春子は予め現場の案内人として地元の地理に明るく事情に詳しい滝沢作七、嘉吉父子を依頼してあった。しかるに原告甲野は事情をよく知らない大赤沢部落の住民三名を立会人とし、滝沢父子を立ち会わせなかったため、右三名の立会人は検事に対し適切な指示説明をなしえず、同日の実況見分はその実を上げることができなかった。また、同3(三)(7)(ロ)の現地調査は、雪のため無理であるとの被告春子の忠告を無視して原告甲野により強行されたものであり、同3(三)(7)(ハ)の現地調査はその必要性がないものであった。

(四) 同3(四)の事実は、昭和五二年一〇月二三日の現地調査の点を除いて認める。

(五)(1) 同3(五)(1)のうち、被告春子が亡父竹次郎の作成した山林台帳及び遺言書の存在を確信し、これらを訴外梅三郎側に提出させるよう繰り返し強く要請した事実、原告らが内容証明郵便でもって訴外梅三郎に対し遺言書の提出及び検認手続を催告した事実、及び訴外梅三郎側が山林台帳及び遺言書を保管していないと終始主張し、代わりに「遺訓遺言」の「返り証書」及び「山林造植林原簿」を証拠として提出した事実は認め(但し、「山林造植林原簿」は、前任畑中弁護士時代にその写しを入手し、被告春子が保管していた。)、その余の事実は否認ないし争う。なお、原告らは受任直後の昭和五二年四月一二日ころ訴外梅三郎に遺言書の検認手続をするよう催告する旨約束しておきながら、約一〇〇日後の同年七月二六日になってようやく右催告の内容証明郵便を発送した。また、原告甲野は、訴外梅三郎の提出にかかる山林造植林原簿が被告春子主張の山林台帳であるとしてその成立を認めさせようとさえした。

(2) 同3(五)(2)のうち、原告らが被告春子から受任した事件が原告ら主張のとおりその全貌についての把握がきわめて困難であった事実、原告らの遺産の範囲を把握する作業に被告春子がきわめて熱心に協力した事実、原告らが立証活動の指針として被告春子に対し原告ら主張の点(ただし裁判所に山林不法伐採現場の検証をしてもらう点を除く二点)を指示した事実は認め、その余の事実は否認ないし争う。被告春子は、完全とはいえないまでも、遺産の殆どを把握し、収集した登記簿謄本を原告らに提供した。しかし被告春子の知り得ていない分については、その調査及び証拠の収集は受任弁護士である原告らの基本的業務であり、委任者である被告春子の知識の曖昧さを問題にする余地はない。

(3) 同3(五)(3)の事実は否認する。被告春子が証拠原本を裁判所に持参しなかったのは昭和五四年九月二七日の期日の一回だけであり、そのころは原告らとの間の信頼関係が薄れていた上、既に原本による証拠調済みであったため原本を持参しなかったのである。なお、被告春子が裁判所に出頭する前に原告らから原本を持参するよう指示されたことはない。

(4) 同3(五)(4)のうち、被告春子が訴外梅三郎、その妻梅子及び涌井弁護士について原告ら主張のような言辞で非難し、涌井弁護士の裏切行為について新潟弁護士会に申告してもらいたいと依頼した事実は認め、その余の事実は否認する。被告春子は多少強情な点はあるものの原告らの専門的見解を聞き入れないことはなく、原告らの見解に容易に納得しなかったのは原告らが説明不足であるうえに自己の流儀を押しつけようとしたためである。被告春子は原告らが涌井弁護士に挨拶をする場面を目撃していないが、挨拶程度は常識であり、原告らが涌井弁護士に対して何か卑屈な態度をとっているが如き印象を受けた点が被告春子には不満であった。被告春子は解任した弁護士について「通謀」とか「馴れ合い」であるとか述べてはおらず、受任弁護士として通常の努力をしない点を指摘したにすぎない。なお二名の弁護士が事件を受任していても弁論期日その他に出頭するのはいずれか一名で十分であるというべきであり、原告らは二名で出頭しなければならない特段の事由が存しないにもかかわらず長岡の裁判所へ二名で赴き被告春子に二名分の経費の負担をやむなくさせた。

4 請求原因4について

(一) 同4(一)のうち、被告夏夫が原告らに対し報酬について日弁連の報酬等基準規程により支払う旨約した事実は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同4(二)の事実は認める。

(三) 同4(三)のうち、原告らが適切な証人尋問を行うなど被告夏夫の主張を裁判所に認めてもらうため誠実に訴訟遂行をした点は否認ないし争い、その余の訴訟活動に関する外形的事実は認める。

被告夏夫の事件は係争地の完全把握が解決の基礎となるものであるにもかかわらず、原告らは最も重要な土地測量を全く行わず、漫然と証人尋問を繰り返すばかりで、原告らの行った弁論は事件の核心を衝いたものではなかった。

5 請求原因5について

(一) 同5(一)の事実は認める。

(二) 同5(二)のうち、被告らが昭和五五年二月二日長女及び次女を伴って原告ら事務所を訪れ、原告らに対し原告ら主張のとおり述べて原告らを解任する旨の意思表示をした事実、及び被告らがいったん持参した一件記録を持ち返った事実は認め、その余の事実は否認ないし争う。被告らの解任の意思表示に対し、原告甲野は「俺は悪いことをしていない。」を繰り返し、被告らに対し「一割よこせ。白紙に書け。」と述べてこれを強要した。被告春子は原告らを解任するに当たって「先生方にもうこれ以上やってもらえない。」旨述べて信頼関係の喪失を通告したが、その具体的要因についてはかえって感情論となるので触れなかった。

6 請求原因6について

(一) 同6(一)は争う。受任に際し原告乙山は被告春子に対し日弁連の報酬等基準規程に関する説明を一切しておらず、また被告らが原告らを解任したことは弁護士である原告らの責に帰すべき事由に基づくものであって正当な理由がある。

(二) 同6(二)のうち、弁護士報酬算定の一般的基準に関する主張は認め、本件の具体的適用に関する主張は否認ないし争う。

7 請求原因7について

(一) 同7(一)のうち、原告らが被告春子から受任した訴訟事件等の内容及びその訴訟物の価額等経済的利益の程度については別紙「訴訟事件等一覧表及びその訴訟物の価額等」記載のとおりであることは特に争わず、その余は争う。

(二) 同7(二)は争う。

8 請求原因8について

同8は争う。

三  被告らの主張

1 解任の正当性

(一) 原告甲野は、昭和五二年一〇月二〇日会田検事に同行して請求原因3(三)(5)の告訴事件の犯罪地現場である大赤沢の山林を見分した後、滝沢作七及び滝沢嘉吉の父子(以下「滝沢父子」という。)宅に宿泊した。滝沢父子は訴外梅三郎が遺産である大赤沢の山林を無断で伐採した際人夫として雇われ立木の伐採に従事した者であり、原告甲野は小型録音機を用いて滝沢父子から立木伐採状況につき事情を聴取した。ところが同年一〇月下旬ころ被告春子が原告ら事務所へ赴き、原告甲野に右録音内容を聴かせてほしいと依頼したところ、同原告は「あっ。あれは故障だったよ。」とそっけない返事をしたのみで、被告春子が強く要求したにもかかわらず右録音内容を聴かせなかった。仮に録音に失敗していたとしても、原告甲野は受任弁護士として依頼者である被告春子に対し実際に録音テープを聴かせるなど被告春子の納得のゆくような説明行為をとるべきであり、原告甲野の右のような態度が被告春子が原告甲野弁護士に不信感を持つに至った最初の出来事であった。

(二) 訴外梅三郎の訴訟代理人が涌井弁護士から小泉弁護士に代わった直後、同弁護士は昭和五四年九月二〇日付準備書面で請求原因3(一)(1)ないし(3)及び(三)(3)(4)の各事件(以下「長岡訴訟事件」という。)につき、被告春子に対し詳細な求釈明をしてきた。ところが原告らは次回口頭弁論期日(同年一〇月二五日)を三日後に控えた同月二二日ころになってはじめて被告春子を原告ら事務所に呼び、同被告に対し求釈明事項につき答弁を準備するよう強く迫った。被告春子はわかる範囲のことは答えたものの、原告らは今日できなかった部分について明日昼までに反論書を持参するよう申し渡し、被告春子は午前一時ころになってようやく帰宅できたが、次回口頭弁論期日は同年一一月一二日に延期された。原告らは受任弁護士として被告春子から事情を聞こうとすれば早目に準備書面の写を渡して事前に検討する時間的余裕を与えるべきであり、また求釈明事項に被告春子がどう対応したらよいのかを丁寧に説明すべきであったにもかかわらず、原告らは右準備書面受領後一か月以上もの間これを放置し、次回期日の直前になって被告春子に回答を強いたものであり、原告らのこのような態度に被告春子は強い不満を持つに至った。

(三) 昭和五三年六月上旬ころ原告乙山は被告春子に対し「春子さんの印鑑証明書を裁判に使うから二通持ってきてほしい。これを使うことによって裁判がとてもいい方向に道が開けますよ。」という趣旨の電話をしてきた。そのためその二、三日後に被告春子は印鑑証明書二通を届けに原告ら事務所へ赴き、原告乙山にこれを手渡したところ、原告甲野が原告乙山の肩越しにこれをのぞき込み、印鑑証明書を確認後直ちに被告春子に背を向けた。このとき原告ら事務所には他に来客はなく、男女事務員が執務していた。昭和五四年六月ころ被告春子は印鑑証明書を渡したことが何となく気にかかり、原告乙山に対しその使途を尋ねたが、同原告は黙して答えなかった。そこで不審に思った被告春子は原告乙山が裁判に使うと言っていたこともあって同年九月二七日新潟地方裁判所長岡支部において長岡訴訟事件の訴訟記録を閲覧して調査したが、右訴訟記録中に印鑑証明書は綴られていなかった。そのため被告春子は原告らが所持している一件記録中に印鑑証明書が綴られているのではないかと考え、同年一二月二八日原告らから一件記録を借り出し精査したが、印鑑証明書は綴られていなかった。以上のとおり原告らが被告春子にその使途を告げないまま印鑑証明書を交付させ、その後もその使途を明らかにしなかったことが、次の(四)の事実と相伴って、原告らを解任するに至る決定的契機となった。

(四) 訴外梅三郎の訴訟代理人小泉弁護士(涌井弁護士の死亡後訴外梅三郎の訴訟代理人に就任。)は請求原因3(一)(2)の事件につき、被告春子が主張する訴外梅三郎の不法行為のうち袖沢の土地無断売却による損害賠償金一万一〇〇〇円に限り昭和五四年一二月三日付で請求認諾の申し出をなし、原告ら事務所に右金一万一〇〇〇円を送金してきた。ところが原告らはこのことを被告春子に何ら連絡もしないまま、同月二八日一件記録を借り受けに原告ら事務所に赴いた被告春子に対し、請求認諾の意義について何ら説明もせず、原告乙山が「小泉弁護士から袖沢の土地代金が送られてきたから受け取ってください。」旨申し向け、被告春子が右金員の受領を断わると、原告甲野が「私共はあなたの代理人弁護士だ。私共はもう受け取ってしまったのだからどうしてもあなたが受け取りたくないというならあなたの手で小泉先生に返してください。」と申し向け「弁護士の名誉をどうしてくれる。」と述べて右金員の受領を強く迫ったが、被告春子は「私は受け取る訳にはいかない。先生の手で小泉先生に返してください。」と述べて右金員の受領を断った。被告春子は事件全体の解決がつくまで訴外梅三郎が何らかの金員を払おうとしてもそれを受け取らない旨原告らに伝えてあり、まして訴外梅三郎が価値のある立木の無断伐採にかかる請求を認めないまま被告春子が価値のない土地に対する認諾金を受け取ることができるわけがない。原告らは受任弁護士として認諾の趣旨及び効果、本体の訴訟への影響の点につき依頼者である被告春子の納得がゆくよう十分説明すべきであり、原告らがかかる説明を全くせずにあくまでも被告春子の意に反する金員の受領を強く迫ってきたことが、被告春子に原告らに対する根本的不信を植え付ける結果となり、被告らが原告らを解任するに至る直接的動機となった。

右(一)ないし(四)の事由に加えて、原告らには次のような不信事由が存在した。

(五) 原告乙山は、受任した当初は「遺言書で勝てる。」旨楽観的見通しを述べていたが、昭和五三年ころから長岡訴訟事件について敗訴の見通しを述べるようになり、昭和五四年六月ころには「梅三郎さんがかわいそう。」と涙声で述べるなど訴訟の相手方に同情するかのごとき発言をするようになった。そして、訴外梅三郎側から前記(二)のとおり昭和五四年九月二〇日付準備書面が提出されたあとの昭和五四年一〇月三一日原告甲野が被告春子に対し「ああいう風に小泉弁護士もいっていることだしほどほどにしたらどうか。」と発言し、被告春子は、受任弁護士というものはその専門的知識に基づいて訴訟を何とか進行、遂行してくれるものと考えていたことから、原告甲野の右発言を聞いて強い衝撃を受けた。また、原告らは、そのころから土地境界確定事件についても「土地区画整理という国の問題が出て来たから。」などと言って被告らに対し敗訴の見通しを口にするようになった。原告らは受任弁護士として、単に敗訴の見通しを口にするのみならず、何故に敗訴の見通しが強いのかを依頼者である被告らの納得がゆくまで十分説明したうえ、被告らとしては具体的にどうすればよいのかの専門家としての具体的方針を述べるべきであるにもかかわらず、原告らはそのような行動をとることは一切なかった。

(六) 被告春子は、訴外梅三郎との間の紛争について、遺産分割の前提問題である訴外梅三郎の遺産に対する不法行為事件の解決を先にし、その解決がついた後で遺産分割調停を行うよう依頼したにもかかわらず、原告らは独自の判断に基づき、受任後直ちに請求原因3(三)(2)の遺産分割調停を申し立て、被告春子が当初依頼した請求原因3(三)(3)の損害賠償請求訴訟を受任の約半年後に提起した。しかも右訴訟には遺産の早期一部分割を求める意思のない被告春子の意向に反して共有物確認請求を併合した。更に原告らは積極的に保全処分手続の要請をしていないのに請求原因3(三)(6)(イ)(ロ)の保全処分手続をした。そもそも事件処理方針につき依頼者と受任弁護士との間に見解の相違が生じた場合、受任弁護士は通常弁護料を支払う依頼者の方針に従うべきであるにもかかわらず、原告らは、右のとおり依頼者である被告春子の意向に反した訴訟活動を行い、被告春子の原告らに対する信頼を喪失させるに至った。

(七) 原告らは長岡訴訟事件において亡父竹次郎が丙川松太郎から贈与を受けた物件について贈与証書に基づいて主張するに際し、右贈与証書には物件が一七筆記載されているにもかかわらずこれを昭和五三年九月七日付準備書面にまとめるに際し二筆脱漏し、また原告甲野は昭和五二年一〇月二二日に坪野の山林を現地調査しているにもかかわらず原告らは昭和五三年二月二〇日付準備書面において請求原因3(一)(1)の坪野の山林(当初三筆)の立木無断売却による損害賠償請求から山林二筆を撤回するなど、曖昧、杜撰な弁論活動に終始し、しかも訴外梅三郎側の引き延ばし工作に漫然応じて訴訟促進の手段を講じようとしなかった。

(八) 原告甲野は、現地調査においては自ら率先して調査を行うことはなく、常に被告春子及び案内人任せとし、形状の簡単な地点にのみ足を踏み入れ、境界不明瞭な地点及び足の踏み入れが困難な地点では直ちに落伍した。また原告甲野は訴外梅三郎が無断で伐採したと思料される立木の伐痕を目撃してもその数を確認せず、案内人の供述をまとめたり調査の結果に基づいて具体的資料を作成することもせず、同原告が現地調査の際メモした地籍図すら証拠として提出せず、単に山林を望見したにすぎなかった。また、長岡事件における係争土地の所在、立木の種類、数量及びその価額については、森林組合や林業協会を通じてある程度その全貌をつかむことが可能であったのに原告らはその調査方法に思い至らず、またその立証方法として航空写真や山林原野森林簿という手段があったにもかかわらず原告らにはその常識が欠如していた。

(九) その他原告らには次のような依頼者の信頼を裏切る挙動が存した。

(1) 請求原因3(三)(7)(ハ)の現地調査の際、訴外梅三郎名義となっている遺産である山林の杉立木を伐採してこれを搬出している現場を目撃しながら、人夫に事情を尋ねる等の措置をとらずに漫然これを放置した。

(2) 原告乙山は、請求原因3(三)(6)(イ)の仮差押命令を申請する際、被告春子が保証金の額がなるべく低額になるよう裁判官に面接して意見を陳述したい意向を有していたにもかかわらず、被告春子の裁判所への同行を拒否した。

(3) 昭和五四年九月二七日の長岡訴訟事件口頭弁論期日において、訴外梅三郎の訴訟代理人小泉弁護士が山林造植林原簿を呈示して被告春子にその成立を認めさせようとした際、原告乙山は、被告春子を傍聴席から原告席に呼び、被告春子に対し「この目録の番号が白紙になっているのは何故か。」と尋ねた。被告春子は、事前の打ち合わせの際右山林造植林原簿は偽造であり被告春子の主張する山林台帳とは違うものである旨言っておいたのであるから、原告乙山は訴外梅三郎側に右疑問点を問い質すべきであったにもかかわらず、逆に被告春子に対し右のとおり詰問した。そして右期日に担当裁判官が被告春子に対し、「十日町の調停期日に山林台帳を見たか。」と尋問したのに対して、被告春子が右山林造植林原簿が右山林台帳とは別のものである旨の説明をしようとしたところ、原告乙山は渋面でこれを阻止した。このことも原告らに対する不信感に大きく作用し、被告春子は右期日以降長岡支部の裁判のため原告らに同行する気持を失った。

(一〇) 以上(一)ないし(九)のとおり原告らには依頼者である被告らの信頼を失わしめる数々の不信事由が存したため、被告らはやむをえず原告らを解任するに至ったのであるから、被告らが原告らを解任したことは正当であって、右解任は弁護士である原告らの責に帰すべき事由に基づくものである。

2 被告らの原告らに対する出捐

(一) 被告春子は、原告らに対し、左記(1)ないし(17)のとおり着手金五〇万円、日当合計一一九万円(但し、以上のうちには印紙代約二二万円、切手代約四万円を含む。)を支払った他、原告らに金三三万円相当の物品を贈呈した。また、新潟地方裁判所長岡支部への出頭等のための交通費、宿泊代、食事代等の諸実費を負担した。

(1) 昭和五二年四月八日 着手金 五〇万円

(2) 同年六月二三日 日当 五万円

(3) 同年八月三日 日当 五万円

(4) 同年一〇月三日 日当 五万円

(5) 同年一一月二日 日当 二〇万円

(6) 同年一一月七日 日当 五万円

(7) 同年一一月一七日 日当 五万円

(8) 昭和五三年二月二〇日 日当 五万円

(9) 同年五月一三日 日当 二〇万円

(10) 同年五月二〇日~二二日 日当 五万円

(11) 同年七月二四日 日当 五万円

(12) 同年一〇月四日 日当 五万円

(13) 同年一二月四日 日当 五万円

(14) 昭和五四年三月二二日 日当 三万円

(15) 同年五月二八日 日当 三万円

(16) 同年九月二七日 日当 三万円

(17) 同年一〇月二五日 日当 二〇万円

(二) 被告夏夫は、原告らに対し、昭和五二年七月四日土地境界確定事件の着手金として金一〇万円を支払った。

3 解任後の各事件の推移

(一) 長岡訴訟事件については、昭和六一年三月二七日新潟地方裁判所長岡支部において被告春子の請求を一部認容しその大部分を棄却する旨の判決(訴訟費用の負担割合は訴外梅三郎側四に対し被告春子は九六)が言い渡されたが、被告春子及び訴外梅三郎側の双方が控訴し、現在東京高等裁判所で審理中である。

(二) 請求原因3(三)(6)(ハ)の仮処分異議事件については、新潟地方裁判所長岡支部において被告春子勝訴の判決が言い渡されたが、訴外梅三郎が控訴した結果、昭和六一年九月二二日東京高等裁判所で被告春子敗訴の判決が言い渡され、現在最高裁判所に上告中である。

(三) 土地境界確定事件については、神奈川簡易裁判所において被告夏夫勝訴の判決が言い渡され、相手方訴外丁原が控訴したが控訴棄却となり、現在相手方が上告中である。

四  被告らの主張に対する認否

1 被告らの主張1について

(一) 同1(一)のうち、原告甲野が昭和五二年一〇月二〇日現地調査に赴いた際滝沢父子宅に宿泊した事実、原告甲野が小型録音機を用いて滝沢父子から山林伐採状況につき事情を聴取した事実、及び原告甲野が被告春子に録音内容を聴かせなかった事実は認め、その余は否認ないし争う。原告甲野は右事情聴取の際小型録音機を使用したが、使用不慣れなためと電池不良のためテープがうまく回らず録音がうまくできなかった。また、少し録音できた部分を聞いても、滝沢作七の会話から事件解決の資料は得られず、全く役に立たなかった。それゆえ原告甲野は被告春子に右録音内容を聴かせなかったのであり、もし被告春子から「どんな録音テープでもよいから聴かせてくれ。」との要求があればこれを拒絶することなど絶対にしなかった。

(二) 同1(二)のうち訴外梅三郎の訴訟代理人小泉弁護士が昭和五四年九月二〇日付準備書面で長岡訴訟事件につき被告春子に対し求釈明をしてきた事実は認め、その余は否認ないし争う。原告らは訴外梅三郎側から提出された書面は全部その都度その写を被告春子に手交若しくは郵送していた。右準備書面に対しては被告春子との打ち合わせを要しないものと、更に打ち合わせを要するものとが含まれており、原告らは打ち合わせの要否を検討したうえ、被告春子にどうしてももう一度確認を求めねばならないものについてのみ確認を求めた。しかし被告春子に答弁を強く迫ったうえ反論書の持参を求めたことはなく、また原告らの準備が間に合わなかったために期日を延期したことはない。

(三) 同1(三)の事実は否認する。原告乙山は被告春子から印鑑証明書の交付を受けたことはない。

(四) 同1(四)のうち、訴外梅三郎の訴訟代理人小泉弁護士が被告ら主張のとおり請求認諾の申し出をなし、原告ら事務所に金一万一〇〇〇円を送金してきた事実、昭和五四年一二月二八日被告春子が一件記録を借り受けに原告ら事務所に赴いた際原告らが被告春子に右金員を受領するよう申し出た事実、及び被告春子が右金員を受領しなかった事実は認め、その余は否認ないし争う。原告らは被告春子に対し認諾の法律上の意味を何回もくどい程説明し右金員を受領するよう説得を試みたが、被告春子は全く聞く耳を持たず原告らを非難する態度に出た。原告らは被告春子が右金員を受領しないため昭和五四年一二月三一日右金員を小泉弁護士に現金書留で返還した。

(五) 同1(五)は否認ないし争う。

被告春子の事件は姉弟間の争いで、かつ古い事案が多く、立証が大変であることを含めて、裁判所からも和解を勧められ、裁判所から代理人を通じて説得をするよう述べられたことがあった。また次第に右事件の全貌がつかめて来るに及び和解を勧めたこともあった。しかしその際「ほどほどに」という言辞を用いたか否かは不明である。また訴外梅三郎の不法行為事件について、登記簿上所有権があり、その辺りの木が切られたと村人から聞いたという程度では訴訟は勝てない旨述べて被告春子に対し立証のための協力を求めたことはあった。なお、原告らが土地境界確定事件について敗訴の見通しを述べたことはない。

(六) 同1(六)は否認ないし争う。原告らは被告春子から請求原因3(三)(2)の遺産分割調停申立が被告春子の意向に反した申立であるとか、訴外梅三郎の遺産に対する不法行為事件をまず解決してから遺産分割の調停申立をするよう言われたことは絶対にない。

(七) 同1(七)は否認ないし争う。

(八) 同1(八)は否認ないし争う。

(九) 同1(九)(1)ないし(3)はいずれも否認ないし争う。

(一〇) 同1(一〇)は争う。

2 被告らの主張2について

(一) 同2(一)のうち被告春子が原告らに対し記(1)ないし(4)、(6)ないし(8)、(11)、(12)のとおり着手金及び日当を支払った事実、及び新潟地方裁判所長岡支部への出頭等のための交通費、宿泊代、食事代等の諸実費の大部分を負担した事実は認め、金三三万円相当の物品を贈呈した事実は不知。(5)の昭和五二年一一月二日に被告春子が支払った日当は一〇万円であり、(17)の昭和五四年一〇月二五日に被告春子が支払った金二〇万円のうち日当は金五万円で残額一五万円は実費の補充金である。なお原告らは請求原因3(三)(7)(ロ)(ハ)の現地調査等の日当として金二〇万円を受領し、昭和五四年一一月二八日日当として金三万円を受領した。それゆえ原告らが被告春子から受領した日当は合計金七八万円である。

(二) 同2(二)の事実は認める。

3 被告らの主張3について

同3(一)ないし(三)の事実は認める。

(反訴請求について)

一  請求原因

1 被告(反訴原告)春子は、原告(反訴被告)らに対し、昭和五二年四月八日、亡父竹次郎の遺産をめぐる訴外梅三郎との間の紛争の解決を依頼し、本訴請求原因3(一)(1)ないし(3)及び(三)(2)ないし(6)の各事件につき訴訟委任をした。

2 被告春子は、原告らに対し本訴被告らの主張2(一)のとおり着手金、実費等を支払った。

3 原告らは、受任当初は勝算があるかの如く振る舞ったが、遺産の把握の困難性、訴外梅三郎の不法行為の立証に自信を喪失し、次第に訴外梅三郎側のペースに乗るかの言動をとるようになり、その訴訟活動は適切を欠き訴訟の進行は著しく遅延した。

4 原告らには、本訴被告らの主張1(一)ないし(六)及び(九)(3)のとおり不信行為があった。

5 右4のとおり原告らには依頼者である被告の信頼を失わしめる数々の不信事由が存したため、被告春子は昭和五五年二月二日やむをえず原告らを解任した。

6 被告春子が原告らに支払った報酬は着手金五〇万円から印紙代二二万円及び切手代四万円を控除した金二四万円及び日当合計一一九万円の合計金一四三万円であるところ、原告らの行った訴訟活動は適切を欠くので、原告らの受任期間中の活動の実態に応じた報酬等の額は着手金をも含めて右金額から約三分の一の五〇万円を差し引いた金九三万円が相当であり、被告春子は原告らに対し五〇万円過払をしたことになる。

7 被告春子は原告らに解任を申し出たところ、原告甲野は「一割よこせ。白紙に書け。」と述べてこれを強要し、その後昭和五五年九月二〇日付書面で被告春子に対し報酬として金一〇〇〇万円を支払うよう請求し、同年一一月本訴請求を提起した。原告らが受任期間中被告春子の信頼を裏切るような不信行為を重ねていながら被告春子に対し右のような態度に出たため、被告春子は弁護士不信に陥り、昭和五五年二月ころから体調が悪化し、極度の不眠症となり、食欲不振、全身疲労症状に陥った。そして同年一一月ころ状態は最悪となり、持病の坐骨神経痛が再発し、翌昭和五六年四月ころようやく平常に戻った。以上の被告春子の受けた精神的苦痛を金銭評価すれば少くとも金一〇〇万円を下らない。

8 よって、被告春子は、原告らに対し、不当利得返還請求権に基づき右の6の金五〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五七年四月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、所有権に基づき原告らに交付した昭和五三年六月付印鑑証明書二通の引渡及び不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料金一〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実については本訴被告らの主張に対する認否2(一)に同じ。

3 同3の事実は否認する。

4 同4については本訴被告らの主張に対する認否1(一)ないし(六)及び(九)(3)に同じ。

5 同5のうち、被告春子が昭和五五年二月二日原告らを解任した事実は認め、その余は否認する。

6 同6は争う。

7 同7のうち原告らが昭和五五年九月二〇日付書面で被告春子に対し報酬として金一〇〇〇万円を支払うよう請求した事実は認め、その余の事実は否認ないし争う。

8 同8は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一原告らの地位

本訴請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

第二長岡事件受任の経緯

一  原告乙山が昭和五二年四月八日被告春子から同被告と同被告の実弟である訴外梅三郎との間の亡父竹次郎(昭和二五年七月二二日死亡)の遺産の分割及びこれに関連する訴外梅三郎の不法行為に対する損害賠償請求を含む一切の紛争(長岡事件)の解決について依頼を受けこれを受任した事実、及び被告春子が同日着手金として金五〇万円を支払った事実は、当事者間に争いがないところ、《証拠省略》を総合すれば、原告らが被告春子から長岡事件について訴訟委任を受けた経緯について以下の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  被告春子は最初長岡事件の解決を春日寛弁護士に委任し、同弁護士は昭和四九年九月被告春子を申立人、訴外梅三郎及びその子丙川一郎、丙川二郎、丙川三郎を相手方として、新潟家庭裁判所十日町支部に損害賠償及び所有権移転登記抹消登記手続を求める家事調停の申立をした。しかし、右調停は昭和五〇年一〇月ころ不調となった。

2  そこで被告春子は春日弁護士に加えて成富信夫法律事務所所属の弁護士成富安信、同成富信方及び同畑中耕造に長岡事件の解決を委任し、春日弁護士及び成富安信外二名の弁護士(以下「成富弁護士ら」という。)は昭和五〇年一〇月本訴請求原因3(一)(1)記載の所有権移転登記抹消登記等請求事件を新潟地方裁判所長岡支部に提起した。被告春子はその後春日弁護士を解任し、成富弁護士らが長岡事件の処理に当たり、亡父竹次郎の遺産である山林に対する訴外梅三郎の不法行為(立木又は土地の無断売却)のうち被告春子側に明らかになったものについて順次訴えを提起するという形で昭和五一年六月本訴請求原因3(一)(2)の損害賠償請求事件を、次いで同年七月本訴請求原因3(一)(3)の損害賠償請求事件をそれぞれ新潟地方裁判所長岡支部に提起した。

3  成富弁護士らは、右各訴訟事件の提起及び遂行と併行して被告春子の依頼に基づき遺産分割調停の申立の準備を進め、昭和五一年一一月五日ころ被告春子に対し右調停申立書案を送付した。ところが右申立書案には訴外梅三郎名義になっている山林が分割の対象となるべき遺産の範囲から除外されており、被告春子の意向に反する内容のものであった。また、被告春子は、大赤沢の山林の地図等が存在するものと信じて地元役場にその提出を申請し、成富弁護士らにもその提出を求めるよう要請していたが、右地図が提出されなかったりしたため、被告春子は成富弁護士らが依頼者である被告春子のために精力的に活動してくれないとの印象を持つようになった。そこで被告春子は新たに弁護士を探し始め、知人の丙田月夫から原告乙山を紹介された。

4  被告春子は昭和五二年三月下旬ころから原告ら事務所を訪れ、原告乙山に対し長岡事件の解決方を依頼した。しかし原告乙山は、成富弁護士らが既に受任している事件を受任することはできない旨答えた。ところが被告春子は同年三月二八日ころ再び原告ら事務所を訪れ、原告乙山に対し長岡事件を受任するよう依頼した。原告乙山は前同様の返答をしたが、被告春子は「かかりたい医者にかかれないのはどういうことか。」などと述べていら立った様子を見せたので、原告乙山は、成富弁護士らが辞めることについてきちんと話がつけば引き受ける旨答えるとともに、日弁連の報酬等基準規程を示して、正当な理由がなく途中で解任する場合には弁護士は訴訟が目的を達した場合と同様全額の報酬請求権を持つから、そのことを覚悟しないと断わることはできない旨説明した。被告春子はどの位の金額になるかについて尋ねたが、原告乙山は金額については事件の内容が分からないので答えられない旨述べた。

5  昭和五二年四月八日被告春子は三たび原告ら事務所を訪れ、成富弁護士らと話がついたので、委任状を書かせて欲しい旨申し出た。原告乙山は長岡事件の受任を決め、被告春子に対し、義兄の原告甲野と共同で事務所をやっているので長岡事件も原告甲野と共同で受任する旨説明したうえ、あらかじめ原告甲野及び同乙山両名の氏名を記入した委任状の用紙に署名押印を求め、被告春子から本訴請求原因3(一)(1)ないし(3)の事件についての同日付訴訟委任状の交付を受けた。原告乙山は受任に際し、事件が解決したときの謝金は取得額の約一割位になる旨説明したが、その旨書面化するなど正式の報酬契約を締結することはしなかった。

二  右一において認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告春子は昭和五二年四月八日原告乙山のみならず原告甲野に対しても長岡事件の解決を委任したものと認められ(る。)《証拠判断省略》

第三原告らの長岡事件の訴訟活動

一  原告らが被告春子から委任を受けた時点で既に本訴請求原因3(一)(1)ないし(3)の事件が新潟地方裁判所長岡支部に係属しており、原告らが右三事件を引き継いでその訴訟活動を行った事実、原告らが受任後遺産内容の把握及び遺産目録の調製を行い、本訴請求原因3(三)(2)の遺産分割調停の申立、同3(三)(3)の損害賠償等請求事件の提起、同3(三)(4)の共有物確認等請求事件の提起、同3(三)(5)の告訴の提起(但し、《証拠省略》によれば、告訴状は昭和五二年一〇月三日付)及び同3(三)(6)(イ)ないし(ハ)の保全処分手続を行った事実、及び原告らがおおむね別紙「訴訟活動及びその準備の実際(一)」記載のとおり訴訟活動を行った事実は、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いがない事実に加えて、《証拠省略》を総合すれば、原告らが行った長岡訴訟事件の訴訟活動の経過について以下の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  被告春子の亡父竹次郎の遺産をめぐり昭和四七年ころ訴外梅三郎が遺産の一部をその子らに所有名義を移したことから被告春子との間で紛争が生じ、昭和四七年に被告春子、訴外梅三郎、母の訴外丙川ウメ三者間でいったん遺産分割協議書が作成されたものの、その後被告春子は、竹次郎生存中から訴外梅三郎名義となっていた山林等も遺産とみるべきであるとし、また右三者間で共有を確認した山林の立木を訴外梅三郎が被告春子に無断で他に売却していることを聞知して、右分割協議の後も被告春子と訴外梅三郎の姉弟間の深刻な争いが続いていた。しかし、原告ら受任当時はそれら遺産の全容が判明しておらず、被告春子は亡父竹次郎の遺産の全貌を知ることを熱望していた。そこで原告らは、長岡事件の最終目標が遺産の分割であることに鑑み、被告春子の了解を得て訴外梅三郎の不法行為に対する損害賠償請求訴訟手続(特に損害の立証)と遺産全体の把握の作業とを併行して進めることにした。そして、とりあえず遺産分割調停を申し立て、その調停手続の中で遺産の全貌を知るとともに不法行為問題も解決できれば長岡事件は一挙に解決がつき、そうでなくとも訴訟事件と調停事件の期日を同じにして両者併行して進めれば被告春子の利益にも資するものと考え、原告らは受任後最初の昭和五二年六月二三日の長岡訴訟事件口頭弁論期日に間に合わせるべく集中的に準備を行った。遺産の範囲を把握し整理する作業には多大の労力を要したが、これについては被告春子も自ら収集した多数の登記簿謄本等関係資料を提出するなどしてきわめて熱心に協力し、同年四月一五日、二三日及び同年六月一八日の三回にわたる打ち合わせを経て約一三〇筆にのぼる遺産内容の整理及び遺産目録の調製を行ったうえ、昭和五二年六月二三日新潟家庭裁判所長岡支部に対し遺産分割調停の申立をした。被告春子が右調停申立に異論を述べたりしたことはなく、右調停期日には被告春子の他夫の被告夏夫も同席して活発な手続が展開された。しかし訴外梅三郎側は、同訴外人の子の名義にした登記を抹消のうえ現存する遺産を二分の一ずつに分割することには応じたものの、同訴外人名義の山林については遺産であると認めずその分割を拒否し、不法行為による利得についても認めなかったため、長岡訴訟事件の結果待ちを理由に昭和五三年二月二〇日を最後に手続の進行が止まった(被告らは、右調停申立は、不法行為事件の解決がついた後で遺産分割調停を行いたいとする被告春子の意向に反したものである旨主張し、《証拠省略》中には右主張に添う部分があるが、採用できない。)。

2  原告らは、訴外梅三郎が行った、遺産である山林の無断譲渡等の不法行為のうち、いまだ訴えが提起されていなかった大赤沢(江尻及び中ノ平)の山林上に生育していた立木の無断譲渡の件について、昭和五二年一〇月三日本訴請求原因3(三)(3)の損害賠償等請求事件を新潟地方裁判所長岡支部に提起した。右事件の提起に当たって、被告春子は原告らに対し、訴外梅三郎が遺産である共有地を一人で勝手に使っているのが不満である旨を強く訴えたため、原告らは被告春子の意向を汲んで右損害賠償請求に加えて建物収去土地明渡請求及び被告春子、訴外梅三郎及び同人らの母丙川ウメの共有名義となっている土地について被告春子の持分二分の一の確認及びその分割を求める請求をも併合提起した。なお、右建物収去土地明渡請求及び共有確認、共有物分割請求については、被告春子が原告らを解任した後に選任した堤浩一郎弁護士により昭和五六年二月二三日の長岡訴訟事件口頭弁論期日において訴えの取下がなされている(被告春子は、右建物収去土地明渡請求及び共有確認、共有物分割請求の併合提起は同被告の意向に添わないものであった旨主張し、同被告本人は右各請求の併合提起を当時知らなかった旨の供述をするが、《証拠省略》(右事件の訴訟委任状)の記載内容に照らし採用できない。)。

3  被告春子は、遺産の開示、分割をめぐって訴外梅三郎及びその妻梅子に対する憎しみが強く、同人らを刑事告訴するよう原告らに強く要請した。原告らは訴外梅三郎が被告春子の実弟であることから同訴外人の告訴に躊躇を感じたが、結局同被告の意向に添って本訴請求原因3(三)(5)のとおり、江尻及び中ノ平の山林の伐採について昭和五二年八月三日(但し、《証拠省略》によれば、告訴状提出は同年一〇月三日である。)訴外梅三郎を森林窃盗の容疑で新潟地方裁判所長岡支部に告訴した。なお、被告春子は訴外梅三郎の訴訟代理人涌井鶴太郎弁護士についても、被告春子から委任状を騙し取ってこれを悪用し、訴外梅三郎と共謀して亡父竹次郎の作成した遺言書及び山林台帳を隠匿している悪徳弁護士である旨非難し、原告らに対し同弁護士を新潟弁護士会に懲戒の申立をしてほしい旨要請した。しかし、原告らは、被告春子の主張した懲戒事由が同被告の想像の域を出ないもので根拠が薄弱であったため、懲戒申立の手続はとらず、代わりに被告春子が涌井弁護士に委任状を預けた経過を記載した昭和五三年五月二二日付上申書を裁判所に提出するにとどめた。

4  長岡事件は、遺産の範囲の把握が困難であったことに加えて、山林の所在地、立木の管理、育成状況、訴外梅三郎による山林立木の無断伐採状況、損害額の立証等その事件の全貌についての把握がきわめて困難なものであったが、被告春子自身もこれらの内容について曖昧な知識しか持ち合わせておらず、とりわけ訴外梅三郎による不法行為事件については村人からの伝聞の域を出なかった。そのため原告らは被告春子に対し現場の把握及び損害額の立証の必要性及び重要性を説明し、その立証活動の指針として次の三点、即ち第一に現実に立木を買った者、伐採業者、人夫、山林差配人らを証人として申請し、立木の種類、数量、太さ、大きさ、取得場所、取得価格等につき具体的に証言してもらうこと、第二に現地で人夫又は材木業者に調査を依頼し、具体的に立木の伐採痕を探索し、立木の種類、太さ、数量、伐採時の値段及び訴え提起時の値段を算出してもらい、その具体的資料を作成し裁判所に証拠資料として提出すること、第三に裁判所に訴外梅三郎による山林不法伐採現場を検証してもらい、裁判官に訴外梅三郎が被告春子も持分を有する価値の存する立木を伐採した事実について具体的に心証を得てもらうようにすること、以上三点の方針を立てたうえ、その前提として被告春子側で山林の所在及び伐採痕の確認等のために現地調査を行う必要があることを説明した。そして昭和五二年一一月三日から六日までを第一回目の現地調査の日として予定していたところ、右3の告訴提起後新潟地方検察庁長岡支部の担当検察官から現地を案内してもらいたいとの連絡を受け、同検察官と打ち合わせた結果同年一〇月二〇日から二三日にかけて現地調査を行うことになった。同年一〇月二〇日原告甲野は新潟県十日町市に出張し、訴外梅三郎が大赤沢の山林の立木を伐採した際人夫として雇われ立木の伐採に従事したという訴外滝沢作七及びその子嘉吉の居宅に宿泊した。翌一〇月二一日原告甲野は検察官に同行し、地元村人らの立会人と共に右3の告訴事件の犯罪地現場とされた大赤沢の山林を見分し、現場の写真を撮影した。しかし、地図と現地とは必ずしも符号せず、被告春子が頼りにしていた滝沢作七の供述も曖昧であって結局隣地との境界が明瞭にならず、伐痕も判然としなかった。なお右告訴事件はその後不起訴処分となった。原告甲野は翌一〇月二二日被告春子及び滝沢嘉吉と共に再度大赤沢の山林を調査し、現場の状況及び伐痕を写真撮影した。そして同日から翌一〇月二三日にかけて十二沢の山林をその管理人をしていた阿部国太郎の案内で調査し、現場の状況及び伐痕を写真撮影した。その後、続いて坪野の山林を斎藤安五郎の案内で調査し、現場の写真を撮影し斎藤から事情を聴取した。原告らは右現地調査の際撮影した写真を後日長岡訴訟事件の証拠として提出した(なお、被告らは、右検察官による山林見分の際原告甲野は事情をよく知らない大赤沢部落の住民三名を立会人とし、滝沢父子を立ち会わせなかった旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。)。

5  被告春子は、訴外梅三郎名義の山林等について、亡父竹次郎が税金対策上訴外梅三郎名義で買い受けたものであるから遺産である旨主張したため、原告らは被告春子の右訴えに基づいて昭和五三年二月二〇日本訴請求原因3(三)(4)の共有物確認の訴えを新潟地方裁判所長岡支部に提起した。

6  原告甲野は昭和五三年四月二八日から五月二日にかけて山林等の現地調査を行うため被告春子と共に新潟県十日町市に出張した。原告甲野は扇の間の山林を調査しようとしたがいまだ積雪が多くて危険であったため、山奥の山林の調査を断念し、訴外梅三郎の居住家屋や、役場で公図の写を取ってそれを手掛かりに十日町市近辺に所在する亡父竹次郎の遺産である土地を調査し、その写真を撮影するなどした。原告らは右現地調査の際撮影した写真を後日長岡訴訟事件の証拠として提出した。右現地調査の際被告春子は、訴外梅三郎が遺産を他人に賃貸して相当の家賃収入を上げていることに不満を述べ訴外梅三郎が生活できないように息の根を止めてほしいと原告甲野に訴えた。そこで原告甲野は訴外梅三郎の所有するアパートの借家人一五名の氏名及び賃貸条件等を戸別に当たって調査した。なお、原告甲野は、同年五月二〇日から二一日にかけて新潟県十日町市に出張し、被告春子、同夏夫及び案内人の庭野と共に十日町市近辺に所在する亡父竹次郎の遺産山林を調査したが、遺産と目される山林に杉立木が多数生育している状況は判明したものの、隣地との境界等は判然としなかった。

7  原告らは、右6の被告春子の意向を汲んで保全処分申請の準備を進め、最終的に被告春子の承諾、委任の意思を確認した上、昭和五三年七月三一日原告乙山が単独で新潟地方裁判所長岡支部へ赴き、右賃借人一五名を第三債務者とする賃料債権仮差押命令を申請し、保証金を合計金二三六万円とする仮差押決定を得(なお、被告春子は右命令申請の際原告乙山に同行しなかった。)、他方山林等の処分禁止仮処分については、同年九月一八日、訴外梅三郎名義の山林五九筆について、新潟地方裁判所長岡支部に対し処分禁止仮処分命令を申請し、同年一〇月一一日保証金を三四〇万円とする仮処分決定を得た。これに対し、訴外梅三郎は昭和五四年一〇月一三日右仮処分決定に対する異議の申立をしたので、原告らはこれに応訴した(なお、被告らは、訴外梅三郎名義の山林等の保全手段について、原告らは保証金のかかる処分禁止仮処分を申請すべきではなく、遺産分割調停の申立後遅滞なく家事審判規則一三三条の調停前の処分を申請すべきであった旨主張するが、右調停前の処分は執行力を有しないものであり(同条二項)、また、原告らが右処分禁止仮処分を申請するに至った経緯が右認定のとおり被告春子の意向を汲んだものであったこと、弁論の全趣旨からも被告春子自身右仮処分の効用は認めていることを考えれば、原告らが右処分禁止仮処分を申請したことが受任弁護士として妥当性を欠くものであったとは認められない。)。

8  被告春子は、亡父竹次郎が生前その一〇〇町歩を超える総財産を山林台帳に書き残し、また遺産の分配について遺言書を作成しており、右山林台帳及び遺言書をみれば長岡事件は一挙に解決するはずであるのに、訴外梅三郎及び涌井弁護士は共謀して右山林台帳及び遺言書を隠匿し被告春子に見せないようにしているとの確信を抱いていた。そして原告らに対し委任当初から右山林台帳及び遺言書を提出させるよう繰り返し強く要請した。そこで原告らは訴外梅三郎側に対し右山林台帳及び遺言書を提出するよう新潟地方裁判所長岡支部の民事法廷及び同家庭裁判所同支部の遺産分割調停期日において裁判官及び調停委員を通じて再三再四上申、要求した他、昭和五二年七月二六日付内容証明郵便により右遺言書の提出及び検認手続を催告し、昭和五三年九月七日長岡訴訟事件において遺言書につき文書提出命令の申立を行った。これに対して訴外梅三郎側は被告春子が主張するような山林台帳及び遺言書は保管していない旨終始主張し、ただ被告春子が指摘しているのは「山林造植林原簿」及び「遺訓遺言」の一部をなす「返り証書」(原告ら昭和五八年五月一六日付準備書面に添付)のことではないかとして右各書面を証拠として提出した。そこで原告らは、被告春子に対し再三山林台帳及び遺言書が真実存在したはずであると考える根拠を問い質し、メモなどを提出させて右山林造植林原簿が右山林台帳とは違うものであるとの主張を長岡訴訟事件の昭和五三年九月七日付準備書面にまとめて提出した(なお、被告らは、原告らが右内容証明郵便の発送を遅滞し、また原告甲野が被告春子に右山林造植林原簿が右山林台帳そのものである旨認めさせようとした趣旨の主張をするが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。)。

第四土地境界確定事件の受任及びその訴訟活動

一  本訴請求原因4(一)の事実は、被告夏夫が原告らに対し報酬について日弁連の報酬等基準規程により支払う旨約した事実を除いて、当事者間に争いがない。なお、被告夏夫が原告らに対して日弁連の報酬等基準規程により報酬を支払う旨約した事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

二  本訴請求原因4(二)の事実は、当事者間に争いがない。

三  本訴請求原因4(三)のうち、原告らが土地境界確定事件の訴訟係属後大抵の場合そのいずれかが神奈川簡易裁判所へ別紙「訴訟活動及びその準備の実際(二)」記載のとおり出廷し、証人戊田冬夫、同戊山海夫及び同(被告)春子の各証人尋問を行った事実は、当事者間に争いがない。

第五解任に至る経過及び解任後の状況

《証拠省略》を総合すれば、被告らが原告らを解任するに至った経過及び解任後の状況について以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告春子は、原告らに長岡事件を委任したころは、いい弁護士に巡り会えた旨感謝の意を表明し、それ以前に解任した春日弁護士及び成富弁護士らについて、訴外梅三郎側にくみしているとか、仕事を誠実にしてくれない旨非難していた。そして被告らは、昭和五四年春ころまでは、長岡事件及び土地境界確定事件の処理方針や原告らの訴訟活動について内心はともかく表立って異を唱えることはなかった。

2  昭和五四年春ころ、被告春子から原告らに対し山林を調査し損害賠償請求の立証を確実にするための方法を教えてほしい旨依頼して立証活動の促進を求めてきたことがあり、原告らも過去三度にわたる現地調査にもかかわらず未だ現場の把握が不充分であり、更に調査を行う必要があることを痛感していたこともあって、同年五月一日原告らの知人であり長野県で材木会社を経営していた甲山菊夫を被告春子に紹介し、同人に訴外梅三郎による立木売却等についての調査を依頼した。甲山は伐採立木を買い受けたとされる者との面識があり、同人に面談するなどして事実関係を調査したが、被告春子は、甲山が遺産である山林の状況を詳しく知っていることを不審に思い、またその調査内容が被告春子の期待に反するものであったため、同人は既に訴外梅三郎と通謀の関係にあるのではないかと疑い原告らに同人による調査を断わる旨申し出、原告らはやむなく甲山による調査を断念した。甲山は右調査費用として弁護士と同程度の日当をもらいたい旨原告らに伝えていたが被告春子は右日当分として金三万円のみを送金した。ところがその後甲山は原告らに調査費用として九万七一九〇円を請求してきた。原告らはとりあえず甲山に右金三万円を交付したが、右差額の扱いに窮し、被告春子に対し甲山への支払についての報告ができないでいた。これに対し被告春子は、訴外梅三郎側の人間であると思料される甲山が原告らの知人であり、原告らが立証準備の手段として同人を紹介したこと、及び右金三万円の送金について原告らから報告がないことに強い不信感を抱いた。また同年五月一日原告らは被告春子に対し訴外梅三郎による立木伐採の調査を弁護士会を通じて新潟県庁農林部にする旨述べたのを受けて、同月一四日原告らに対し新潟県庁農林部に対する照会の有無を問い合わせたところ、「書類ではとれない。閲覧をするのだ。暇がなくて行っておられない。」という趣旨の返事であったため、被告春子は同月一六日右やりとりを書面化し公証人の確定日付をとった。またそのころから被告春子は、訴外梅三郎側の反対尋問の際原告らが自ら発言しないことをもって、「かかし」のようだと揶揄したり、費用の負担もあるので出頭は一人で足りないかと原告ら事務所の事務員に意向を述べたり、原告らが新潟地方裁判所長岡支部の構内又は法廷で開廷前に訴外梅三郎や涌井弁護士に挨拶をするのを見て、相手方と馴れ合っているかの不満を態度に示すようになった(なお、被告らは、長岡の裁判所の弁論期日への出頭は原告ら二名のうちのいずれか一名のみで十分であった旨主張するが、長岡事件の規模、難易度、熱意及び受任弁護士間の分担関係等からして長岡事件の弁論期日に原告ら両名が出頭したとしても別段不自然不合理であるとはいえない。)。

3  昭和五四年九月二七日の長岡訴訟事件第一六回期日の法廷において、被告春子は、相手方の小泉弁護士の質問及び裁判官の求釈明に対し原告乙山が被告春子の代理人らしからぬ態度を示したと解釈して強い不満を抱き、その後の右事件の期日には原告らと共に出頭することを全くしなくなり、原告らの訴訟活動に非協力的な態度を示すようになった。そのころ訴外梅三郎側の訴訟代理人が涌井弁護士の死亡に伴って小泉弁護士に交替し、同弁護士は同年九月二〇日付準備書面(右第一六回口頭弁論期日に陳述。)で長岡訴訟事件につき被告春子側に対し釈明を求めてきた。原告らは自らその準備を進めるとともに被告春子と打ち合わせるため度々架電したが被告春子は協力せず、次回口頭弁論期日(同年一〇月二五日)を三日後に控えた同月二二日ころ被告春子が原告ら事務所を訪問した際にも右求釈明に対する原告らの回答、反論を完成させることができず、原告らはやむなく同月二五日の期日の変更を申請し、右期日は同年一一月一二日に変更された。また、被告春子は長岡訴訟事件の右第一六回口頭弁論期日に証拠の原本を持参せず、相手方から提示を求められ、裁判所からも持参するよう強く指示されていたにもかかわらず、被告春子は、成富弁護士から証拠原本は大事なものゆえ絶対人に預けてはならない旨教えられたので貸金庫に預けてあるなどと述べて、原告らに証拠原本を渡そうとしなかった。そのため原告らは裁判所から本人をよく説得するよう注意を受けた。またそのころ被告夏夫から原告らに対し故意に訴訟を遅延させているのではないかと怒った調子で架電してきたことがあり、原告甲野が期日がなかなか入らない事情を繰り返し説明すると、折り返しさっきは悪かった旨陳謝の電話が入ったこともあった。

4  昭和五四年一二月三日の長岡訴訟事件口頭弁論期日において訴外梅三郎の訴訟代理人小泉弁護士は本訴請求原因3(一)(2)の事件につき被告春子が主張する訴外梅三郎の不法行為のうち袖沢の土地無断売却による持分三分の一に応じた損害賠償金一万一〇〇〇円に限り請求を認諾した。なお被告春子は右期日には出頭していなかった。その後小泉弁護士は右認諾金を原告ら事務所に送付してきた。同月二八日被告春子は原告ら事務所を訪れ、内々印鑑証明書(被告らの主張1(三)参照)の使途を探り、他の弁護士に事件の状況、見通しを診断してもらう目的で、新潟地方裁判所長岡支部に係属中の全事件について手持の訴訟関係書類と照合してみたいので一件記録を貸して欲しい旨申し出たので、原告らは一か月間の約束で右一件記録を貸し渡した。その際原告乙山は被告春子に対し、相手方の小泉弁護士が袖沢の土地売却につき請求の認諾をしてその代金を送ってきたから受け取るよう告げたところ、被告春子は、長岡事件については判決で全部を一度に解決するようかねてから依頼しておいたはずであるから訴訟が係属中の現段階で一部について金銭を受け取る訳にはいかない旨述べて右認諾金の受領を強く拒絶した。原告らは、請求の認諾について被告春子側がこれを拒否することはできない旨繰り返し説明したが、被告春子は聞く耳を持たないという感じで受け付けなかった。原告甲野は、「あなたがその代金を受け取らないならあなたの手から返しなさい。」と申し述べたが、被告春子は、「代理人の先生からお返しください。私の手から返す理由はございません。」と述べてあくまでも右認諾金を受領しなかった。被告春子は翌同月二九日にも原告乙山に架電して右認諾金を相手方に返還するよう要請したので、原告らは同月三一日右認諾金を小泉弁護士に現金書留で返還した。

5  ところが被告春子から原告らに対し昭和五五年一月五日付で公証人の確定日付のある「口述書」と題する書面が配達証明付で送られてきた。右口述書の中で被告春子は、遺言書が出ない現在送られてきた土地代金を受け取ることはできない旨右4の請求認諾に対する不満、原告らが被告春子に対し亡父竹次郎名義の山林に限っての一部分割を勧めたことに対する不満、及び前記甲山菊夫の日当に関する不満を述べたうえ、委任の当初から依頼している遺言書と山林台帳の提出をお願いしたい、提出されないときはどうするか相談したい、という趣旨の文句で締めくくっていた。原告らは依頼者から右のような書面が送られてきたことを不審に思い、解任申出の事態をある程度予測したが、行き違いを避けるため同月一七日付内容証明郵便で被告春子に対しその不満の各点について原告らの苦衷を披瀝しつつ右口述書に対する返答をした。

6  昭和五五年二月二日、被告らは長女及び次女を伴って原告ら事務所を訪れ、原告乙山に対して「被告宅から原告ら事務所までは距離が遠く、年齢的に来るのが大変になってきたので断りたい。長岡事件の解決がついたときは最先にお礼に伺いますから。」と述べて原告らを解任する旨の意思表示をするとともに、原告らの手元に残っている他の記録の控及び前記保全処分の納付書を引き渡すよう求めた。原告乙山は特に反論をしなかったが、間もなく原告甲野が応待し、報酬支払について書面化するよう要求した。被告らは、土地境界確定事件と併せて相談して返事をする旨答えて右要求を拒否するとともに、いったん事務所に持参した一件記録を原告らが強く返還を求めるのを振り切って持ち帰った。

7  原告らは、昭和五五年二月一三日付内容証明郵便(同月一四日被告春子に到着。)で被告春子に対し訴訟代理人を辞任する旨及び日弁連の報酬等基準規程第五条により全額報酬請求をする旨通告し、同月一五日付で新潟地方裁判所長岡支部及び神奈川簡易裁判所に対し訴訟代理人辞任届を提出した。他方被告春子は堤浩一郎弁護士に対し同月七日付で長岡訴訟事件の訴訟委任状を、同月一五日付で本訴請求原因3(三)(6)(ハ)の仮処分異議事件の訴訟委任状を交付し、長岡事件を委任した。また被告夏夫もそのころ堤弁護士に土地境界確定事件を委任した。原告らは同年九月二〇日付内容証明郵便(同月二二日被告春子に到達。)で被告らに対し、その直前に度々被告春子から原告乙山あてに保全処分の保証金の納付書の返還を求めた手紙に対する回答の形で長岡事件及び土地境界確定事件の報酬として金一〇〇〇万円を請求し、同年一一月一四日本件本訴請求を提起した。これに対し被告らは同年一二月一八日第二東京弁護士会に対し原告甲野を相手方とする紛議調停の申立をした。

第六長岡訴訟事件及び土地境界確定事件の帰趨

一  被告らの主張3(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、長岡訴訟事件、仮処分異議事件及び土地境界確定事件については、被告らが後任の堤弁護士を中途で解任することなくそれぞれ長岡訴訟事件の第一審判決並びに仮処分異議事件及び土地境界確定事件の各控訴審判決に至った事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  なお、《証拠省略》によれば、長岡訴訟事件に原告らが関与したのは昭和五二年六月二三日の第八回口頭弁論期日から昭和五四年一二月三日の第一八回口頭弁論まで(書証提出は同事件の《証拠省略》で、人証は同事件の原告たる春子本人及び被告たる梅三郎本人の各数期日にわたる第一回尋問と被告側の証人二名の尋問終了まで。)であったが、その後受任した堤弁護士が昭和五五年六月三〇日の第一九回口頭弁論期日から昭和六〇年五月二七日に指定された最終弁論期日と見られる第三九回口頭弁論期日まで関与し、この間前記のとおり請求原因3(三)(3)事件(五二年(ワ)第二六〇号)の請求のうち建物収去土地明渡、土地の共有持分確認、共有土地の分割請求等を取り下げる一方、立木伐採に関する損害立証等を進め、その算出方式に従って長岡訴訟事件の各損害賠償請求額を大幅に拡張し、その結果、全事件の訴訟物の価格は、原告ら関与当時の八七二五万円余から三億二一一〇万円余となった(特に、原告らが提起した右昭和五二年(ワ)第二六〇号事件の損害賠償請求額を二三〇〇万円から二億一四八三万円に拡張したのが大きい。なお、堤弁護士関与段階における書証の提出は、同事件における《証拠省略》まで、人証としては、原告側証人滝沢嘉吉、成田仁ら四人と原告春子本人の再尋問、被告側から被告梅三郎本人の尋問続行分と再尋問が採用された。)ことが認められる。

第七被告らの主張する解任事由につい

一  被告らの主張1(一)(録音テープの件)について

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。即ち、原告甲野は昭和五二年一〇月二〇日現地調査に赴いた際、滝沢父子宅に宿泊し、同夜小型録音機を用いて滝沢父子から山林伐採状況につき事情を聴取した。ところが原告甲野が右録音機について操作不慣れであったため録音状態が不良であった。そこで原告甲野はその結果を尋ねた被告春子に対し右小型録音機が故障していて録音がうまくできなかったことを軽く告げ、被告春子も原告らに対しそれ以上に録音内容を聴かせるよう要求したりすることはしなかったので、原告甲野も被告春子に右録音内容を聴かせなかった。原告らは右録音状態が不良であったばかりでなく、滝沢父子の話が方言のため理解できなかったことや、話の内容が暖昧であったこともあって滝沢父子の供述を証拠として利用できないものと判断し、これを書面にまとめて証拠として提出するなどの措置をとらなかった。ところが、右の原告甲野の滝沢父子の陳述内容の処置及び同被告に対する説明が不誠実であると内心不満を抱いていた被告春子は、原告らを解任後にはじめて右録音テープの扱いに対する不満を表明し、その後長岡訴訟事件の立証のため調査事務所に依頼して滝沢父子の供述録取書(昭和五六年九月一日付。)を作成して堤弁護士により書証として提出した。

ところで右滝沢父子の陳述内容に証拠価値を期待できないとした原告らの判断は当時の状況の下では特に非難できないとしても、無人の広い山林内の立木の伐採に関する立証方法としては所詮本人たる被告春子の調査と見聞を最初の手掛りにするほかないのであり、結果的に、《証拠省略》の長岡訴訟事件判決と右各書証を対比すれば、右訴訟事件において被告春子の金員請求認容額一二六五万円余の大部分を占める一二五四万円余は大赤沢中ノ平の山林の立木売却分であり、その損害認定において滝沢嘉吉の証言、滝沢父子の供述内容を記載した調査書が、伐採の時期、伐採量に関してかなり重要な証拠として引用されていることに鑑みると、原告甲野において当時の滝沢父子に対する対応、録音テープの処理及び被告春子に対する説明においていま少し慎重な対応があり得たのではないかと思われ、少くとも右原告甲野の処置、対応に被告春子が最初の不信感を抱いたとするのもやむを得ないというべきである。

二  同1(二)(求釈明の件)について

小泉弁護士が昭和五四年九月二〇日付準備書面で被告春子側に対し求釈明をしてきたことをめぐる経緯については前記第五3において認定判示したとおりであり、《証拠省略》によれば、被告春子が右準備書面の写を原告らから早期に送付されなかったこと(この点に関する原告乙山の反対趣旨の供述は、必ずも明瞭ではない。)、次回口頭弁論期日の間際まで準備ができていなかったことなど原告らの処置に大きな不満を抱いたことが窺えるが、昭和五四年一〇月二二日に深夜まで事務所に残したとする点は右証拠によってもその経緯が明らかでない。のみならず、被告春子も既に同月一三日原告らの打合せの申し入れを受け都合がつかなかったことを認めていること、前認定のとおり、当時は既に被告春子は原告らに対する信頼を失い、調査、打合せ等に非協力的になっていた時期であることに照らすと、被告春子の不信、不満はともかく、この点の前認定の原告らの処置を非難することはできない。

三  同1(三)(印鑑証明の件)について

被告春子は原告乙山に対し同被告名義の印鑑証明書二通を交付した経緯についてきわめて具体的かつ詳細に主張し、被告春子本人尋問においても同1(三)の主張事実に概ね合致した供述をしているうえ、右印鑑証明書二通の返還を求める反訴請求まで提起している。しかしながら、原告甲野及び同乙山はいずれもその本人尋問において被告春子から印鑑証明書を受け取った事実はない旨明確に供述していること、原告らは被告春子が印鑑証明書を交付したと主張する日の約一か月後に債権仮差押命令の申請を、約三か月後に処分禁止仮処分命令の申請を行っているが、右各保全処分の申請及び保証金の供託手続のみならず供託物払渡手続においても代理人の弁護士が依頼者本人の印鑑証明書を必要とする場面は考えられず、当時保証金の払戻を受ける状況にもなく、その他弁護士が受任事件を処理する過程において依頼者本人の印鑑証明書を必要とする場面は考え難いこと、被告ら主張のとおりであれば原告らを解任した当時印鑑証明書の所在及び使途が被告春子にとって最大の関心事であるべきところ、被告春子は、解任の前後において供託金の納付書が原告らの手元にあると信じて強くその返還を求め、原告らもそれが手元にないことを必ずしも明確に述べることをしていなかった経緯はあるものの、印鑑証明書については、原告らに対する昭和五四年一月五日付口述書、同年一〇月三日付共同通告書及び同年一二月一八日受付の紛議調停申立書においていずれも印鑑証明書の件につき一切触れておらず、本訴提起後はじめて印鑑証明書の件を主張するに至ったこと、以上の諸事情に照らすと、原告乙山に印鑑証明書二通を交付した旨の被告春子本人の供述は思い違いと見る他はなく、他に被告春子が原告乙山に印鑑証明書二通を交付した事実を認めるに足りる証拠はない。

四  同1(四)(請求認諾の件)について

請求認諾をめぐる経緯については前記第五4において認定したとおりであり、被告春子本人尋問の結果中原告らが請求の認諾について何ら説明しないままただ認諾金の受領を強要した旨の供述部分は採用できない。《証拠省略》と前記第五に認定した解任に至る経過によれば、原告らが成富弁護士らによって提起された訴のいわば事後処理として被告春子の意に添わないことが明らかな認諾金の処理に苦慮したことは推察に難くなく、被告春子の信頼感喪失がかなり明確になってきていた昭和五四年一二月二八日の段階で同被告を納得させることの困難なことは十分理解できる。しかしながら、被告春子の本件各準備書面における主張及び原告乙山本人の供述によっても、被告春子が本訴のある段階まで請求認諾を和解と同旨のものと誤解し、本人の特別授権がなければ代理人において認諾に応ずることはできないはずであるなどの主張をしていたことに鑑みると、訴外梅三郎の請求認諾後昭和五四年一二月二八日の認諾金受領のやりとりの段階において、請求認諾の意味や訴訟全体への影響の有無について被告春子に対するいま少し懇切な説明、説得があり得たのではないかとの印象を拭い切れない。

五  同1(五)(敗訴の見通しの件)について

《証拠省略》を総合すれば、原告らが被告らからの受任事件を処理する過程において被告らに対し弁護士としての立場から主張として弱い箇所や立証不充分な点を指摘し、その際訴訟の見通しについても言及した事実、及び原告らが長岡事件について被告春子に対し和解を勧め、昭和五四年ころには亡父竹次郎名義の山林だけでも遺産分割をしたらどうかと勧めていた事実が認められる。しかしながら、それ以上に原告らが被告らの主張1(五)で指摘するような言動等をとった事実については、被告らの主観的な受けとめ方はさておき、これを認めるに足りる客観的証拠はない。

六  同1(六)(進向方針の相違)について

原告らがいずれも依頼者である被告春子の依頼と了解のもとに本訴請求原因3(三)(2)(遺産分割調停申立事件)、(3)(大赤沢の山林についての損害賠償、建物収去土地明渡及び共有物分割請求事件)、(4)(共有物確認等請求事件)、(6)(イ)(債権仮差押命令申請事件)(ロ)(処分禁止仮処分命令申請事件)の各事件を提起した事実については、前記第三の二において認定判示したとおりであり、右各事件の提起が被告春子の意向に反してなされたものである旨の《証拠省略》の記載部分及び被告春子本人尋問の結果中の右同旨の供述部分はいずれも採用できない。

右各事件のうち、保全処分関係については、被告春子は保証金の負担等のため必ずしも本意ではなかったにせよ、最終的には納得の上委任するに至ったことは当時の同被告の原告ら宛の手紙から明らかであり、疎明資料たる原告ら宛の報告書をも作成提出しているのである。

七  同1(七)(杜撰な弁論活動)について

《証拠省略》を総合すれば、原告らは、長岡訴訟事件の昭和五三年二月二〇日付準備書面において本訴請求原因3(一)(1)の坪野の山林三筆(長野県下水内郡栄村大字堺字中天地一一七〇八番、同字板木ツルネ一一七二九番、同字細ド一一七三三番)の立木無断売却による損害賠償請求事件について、最近の調査によって板木ツルネ及び中天地の山林(登記簿上は原野)が含まれないことが判明したとして右二筆についての立木無断売却の主張を撤回した事実(なお、後任の堤弁護士が昭和五六年五月一九日付準備書面において、右二筆を改めて追加請求した。)、及び原告らは昭和五三年九月七日付準備書面において贈与証書に基づき亡父竹次郎が丙川松太郎から贈与を受けた物件について主張したが、その際右贈与証書には物件が一七筆記載されているところ右準備書面には一五筆である旨二筆少なく記載した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら、被告らが原告らを解任する以前に原告らに対し右の点を指摘したりこれに異議を述べたりした事実、あるいは原告らがことさら杜撰な仕事をしたことを認めるに足りる証拠はなく、右はぼう大な事件の処理における単純な過誤というべきである。また《証拠省略》によれば、長岡訴訟事件の口頭弁論期日は原告らが受任していた間は平均して三か月に一回の間隔で開かれていた事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら、訴外梅三郎側が長岡訴訟事件の進行をことさら遅延させようとした事実及び原告らが訴外梅三郎側の右意図を了知しつつあえて訴訟促進の手段を講じなかった事実については、被告らの主観的受けとめ方に過ぎないというべく、これを認めるに足りる客観的証拠はない。

八  同1(八)(杜撰な立証活動)について

被告らは、原告甲野は現地調査の際常に被告春子及び案内人任せとし、形状の簡単を地点にしか入らず、しかも調査の結果を訴訟に反映させなかった旨主張するところ、原告らが昭和五二年一〇月二〇日から二三日にかけて現地調査を行った際滝沢父子から聴取した供述を書面にまとめ証拠として提出する措置をとらなかった事実は前示のとおりであり、前記第三の二4において認定した事実並びに《証拠省略》によれば、原告甲野は同月二三日坪野の山林を調査した際図面に案内人の説明や見分結果等をメモしたものの後日これを証拠として提出する措置をとらなかった事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら被告春子の眼からみて原告甲野の調査態度が物足りないとの印象を受けたにせよ、《証拠省略》によれば原告甲野は現地調査にかなりの労力を費した様子が窺われるのであり、同原告の現地調査が弁護士の義務として見た場合被告春子の主張する如く著しく杜撰なものであったことを窺わせるに足りる客観的証拠はない。また調査結果の訴訟への反映の点についても被告らの納得の点を度外視すれば原告らが弁護士として訴訟遂行上当然行うべき職務を行わなかったとは本件全証拠特に《証拠省略》(長岡訴訟事件判決)に照らしてもこれを認めることができないものというべきである。また被告らは、山林の所在、立木の種類、数量及びその価額等の調査手段として、森林組合や林業協会に照会する方法に思い至らず、またその立証方法として航空写真や森林簿の常識が欠如していた旨主張し、《証拠省略》を総合すれば、原告らは山林調査の手段として営林署、県庁農林部及び森林組合等を利用することを一応検討はしたものの結局これらの機関を利用せず、また、航空写真、属地森林簿及び森林計画図を立証方法として利用せず、被告春子は原告らを解任後に新たに選任した堤弁護士により森林組合を利用しての調査及び航空写真、属地森林簿、森林計画図による立証を行った事実が認められる。しかしながら長岡訴訟事件の遂行にとって右森林組合の利用及び属地森林簿、森林計画図、航空写真による立証が不可欠なものであったか否かについては、本件全証拠特に《証拠省略》(長岡訴訟事件判決)に照らしても明らかではなく、被告らの納得の点は別として、原告らが弁護士として右の各手段を用いるのが当然であったとまで認めることはできない。

九  同1(九)(1)ないし(3)について

1  同1(九)(1)の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

2  同1(九)(2)について、本訴請求原因3(三)(6)(イ)の債権仮差押命令を申請する際原告乙山のみが新潟地方裁判所長岡支部へ赴き、被告春子は同行しなかった事実については前記第三の二7において認定判示したとおりである。しかしながら被告春子が右仮差押命令申請の際担当裁判官に自ら面接して保証金の額を低くしてもらいたい意向を原告らに表明した事実及び原告らが保証金の額を高くする目的から被告春子の同行を故意に拒否した事実については、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

3  同1(九)(3)について、《証拠省略》には右主張に添う記載部分があり、《証拠省略》中にも右主張に添う供述部分があるが、被告春子が主観的にはそのような受け止め方をしたとしても、原告乙山がそのような態度をとったことについては、右記載部分及び供述部分はいずれも反対趣旨の原告乙山本人尋問の結果に照らし採用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

第八原告らの報酬請求権

一1  《証拠省略》によれば、日弁連の報酬等基準規程(会規第二〇号、昭和五〇年四月一日から施行)第五条は、解任の場合の報酬等として、「依頼者が、弁護士の責に帰することのできない事由で弁護士を解任したとき、弁護士の同意なく依頼事件を終結させたとき又は故意若しくは重大な過失で依頼事件の処理を不能にしたときは、弁護士は、その弁護士報酬等の全額を請求することができる。」旨規定していることが認められる。

2  ところで原告らは、受任に際し被告らとの間で日弁連の報酬等基準規程により報酬を支払う旨約したと主張し、被告らに対し同規程第五条を根拠に弁護士報酬等の全額を請求する。

被告春子が成富弁護士らを解任しないまま原告乙山に訴訟委任すべく原告ら事務所を訪れた際、原告乙山が成富弁護士らとの委任関係の処理に関して同規程を示して途中で弁護士を解任する場合には弁護士は訴訟が目的を達した場合と同様全額の報酬請求権を持つ旨説明したことは前記第二の一4において認定したとおりであり、また《証拠省略》を総合すれば、原告らは、昭和五四年春ころ被告らに対し実費及び文書作成料の不足分についての計算書を送付した際、同規程の写をあわせて送付した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら右各事実のみから直ちに被告らが原告らに対し同規程に基づく明示の報酬契約を結んだもの、なかんずく同規程第五条と同旨のいわゆるみなし成功報酬の特約を締結したものと認めることはできず、他に原告らの右主張を認めるべき証拠はない。

3  しかしながら、弁護士の訴訟委任事務処理に対する報酬の支払いにつき依頼者との間に別段の定めがなかった場合には、事件の難易、訴額及び労力の程度、依頼者との平生からの関係、所属弁護士会の報酬規程等その他諸般の情況をも審査して当事者の意思を推定し、もって相当報酬額を算定すべきである(最高裁判所昭和三六年(オ)第五号。同三七年二月一日第一小法廷判決民集一六巻二号一五七頁参照)。そして、日弁連報酬等基準規程第五条等に定める、依頼者が受任弁護士の責に帰することのできない等の事由で弁護士を中途解任したり弁護士に無断で和解・取下等をした場合に弁護士が依頼者に全額の報酬を請求することができるとするいわゆるみなし成功報酬は、弁護士がその重要な職責に鑑み最善を尽して受任事件の処理に当たり依頼者の信頼に応えなければならないものとされる反面、弁護士が事件の受任者として法廷の内外で最善の努力を尽くしている間に、又はその結実をみる直前の段階に及んで弁護士を解任し、又は相手方と直接取引をして事件を終結し弁護士に対する報酬の支払を免れようとする不都合な依頼者もなくはないため、そのような場合に弁護士がその努力により当然得るはずの成功報酬の確保を保障するための手段をうたったものとして合理性を有するものと認められるから、当事者間にみなし成功報酬の明示の特約がなされていない場合においても、右のような不当な中途解任の場合には所属弁護士会の弁護士報酬規程又は日弁連の報酬等基準規程のみなし成功報酬の定めによるとするのが通常の場合当事者の合理的意思であると推認するのが相当である。そして本件の場合、前示のとおり原告甲野は第二東京弁護士会、原告乙山は第一東京弁護士会に所属する弁護士であること、原告乙山が他の弁護士との関連においてではあれ被告春子に対し受任交渉の過程で日弁連の報酬等基準規程を示してみなし成功報酬につき説明していること、及び後日日弁連報酬等基準規程の写を送付していることに照らすと、不当な中途解任の場合には日弁連の報酬等基準規程第五条の定めによるとするのが当事者間の合理的意思であったものと推認するのが相当である。そこで以下、原告らが被告らに対しみなし成功報酬を請求することができるか否かにつき検討する。

二1  前記認定事実を総合すれば、被告らは、原告らに長岡事件及び土地境界確定事件を委任した当初は原告らを信頼しており、特に被告春子は、長岡事件について前記第三の二8の遺言書及び山林台帳が真実存在し、これが提出されれば膨大複雑な長岡事件も被告春子に有利な形で一挙に解決がつくものとの強い確信を抱いており、受任弁護士である原告らが相手方に遺言書及び山林台帳を提出させ被告春子の望むとおりの形で事件を解決させてくれるものと期待していたが、その後期日を重ねるも遺言書及び山林台帳は提出されず、長岡事件が被告春子の思惑どおりに展開しないため、時の経過とともに次第に原告らに対する信頼が薄れていき、かかる信頼関係の希薄化が被告春子の強い個性や思い入れと相俟って原告らが依頼者の利益のために最善を尽くしてくれていないのではないかとの疑念を抱かせるに至り、夫の被告夏夫も被告春子に同調する形で被告らは共に原告らに対する不信感を増幅させていったものということができる。そして被告らの原告らに対する不信感が強まる中で、原告らが長岡事件について被告春子の意向に反する一部分割を勧め、昭和五四年九月二七日の長岡訴訟事件の法廷における出来事、同年一〇月二二日の求釈明準備の一件を経て、同年一二月二八日前記第五4の認諾金受領をめぐるやりとりに至り、被告らの原告らに対する不信感は一挙に高まり、原告らを解任する決定的動機となったものと認められる。のみならず、原告らを解任した後も被告らの原告らに対する不信感は更に強まり、それが受任期間中の原告らの活動に対する各種の非難となって噴出したものである。

以上のとおり、被告らの解任の動機は、畢竟、原告らによる受任事件の処理が依頼者である被告らの思惑どおりに進まなかったことに尽きるものといえる。

これに対し、原告らが受任期間中行った訴訟活動等は、やや依頼者である被告らの意向に振り回された嫌いはあるものの、膨大で不明確な遺産の範囲の把握、立木売却の損害立証の方法に苦慮し、被告らとの打合せ、資料の整理、準備書面等の訴訟資料の作成、遠隔の長岡支部への出頭、三回にわたる現地調査等に多大の労力を費し受任弁護士として誠意をもって自らのできる限りの努力はしたものと認められる。原告らがことさら依頼者の利益に反するような行動をとったり、事件処理を曖昧杜撰に行うなど受任弁護士として不信義、不誠実な態度を示した様子は豪も窺われないのみならず、通常一般的には原告らの訴訟活動等について被告らが指摘するような不信事由が表面化せず、信頼関係を維持できることも十分あり得るものと考えられ、原告らにおいて本件各委任契約における債務不履行該当事由があるものと評価することはできない。

2  しかしながら、委任関係の各当事者に債務不履行がない場合でもいつでも契約を解除することができることを原則とする委任契約の性質及び前記の不当な中途解任の場合に弁護士の報酬請求権を確保することを目的とするいわゆるみなし報酬規定の趣旨に鑑みると、特約によるみなし報酬規定にいう「弁護士の責に帰することのできない事由」に該当するためには、単に受任者たる弁護士において善管注意義務違反等の債務不履行がないというだけでは足りず、依頼者側の報酬の支払を免れる意図などの背信的事情の有無、依頼者との平素の信頼関係、仕事の達成度ないし寄与度等を勘案した上で中途解任に合理的な理由がないことを必要とし、依頼者の解任の動機が誤解や主観に基づくものであるとしてもそれなりの真摯な理由によるものであり、弁護士においてその不信事由を解消するための説明、説得の余地があると認められる限り、みなし報酬規定に基づく成功報酬の請求はできないものと解するのが相当である。

けだし、紛争の解決を目的とする弁護士との委任関係は、弁護士の専門的知識、経験、技量のみならずこれを紛争解決に生かすその人格、識見に対する信頼を基礎として成り立つものであり、紛争の解決、ことに親族間の紛争の解決に当たっては、その事務の性質上しばしば依頼者と相手方間の感情的、非合理的な葛藤が紛争解決過程に反映されざるを得ないものであるから、依頼者との平素の人間的な信頼関係に基づくその心情理解、説得が重要であることはいうまでもないからである。そして、依頼者は事件について最も強い利害関心を有する者であると同時に、多くの場合法律的専門知識を持ち合わせていない者であるのみならず、自己の利益のみを主張し、自己の見解ないし信念に固執し、受任者である弁護士の専門的知見に基づく説得にも容易に納得せず、あるいは弁護士に過大の注文をつけることがあることは、世上往々にして見られるところである。依頼者のこのような態度が法律的ないし客観的合理性の見地からは合理性を欠くものであるとしても、多くの場合依頼者自身は真剣かつ悪意等はないのであるから、弁護士としては、かかる依頼者の紛争解決を受任している限り、多大の困難と負担を伴うにせよ、その力量と人格のすべてをかけて可能な限りその意向を汲みとり、あるいは説得しつつ法律的客観的合理性の見地から依頼者の正当な利益を最大限に擁護しこれを実現してゆく職責があり、またこのようにしてこそ右のような特殊な紛争、特殊な依頼者の場合にあってもその信頼関係が維持されるものというべきである。

これを本件についてみると、前示のとおり被告春子は原告らによる受任事件の処理がその思惑どおりに進まなかったことが原因で、また被告夏夫の場合は被告春子に同調する形で原告らに対する不信感をつのらせ原告らを中途解任するに至ったものであり、その解任の動機は、前認定のとおりその一つ一つを客観的に見れば大きな問題とはいえないにせよ、また被告春子の長岡事件についての執念ともいうべき思い入れ《証拠省略》や狷介で注文の多い同被告の性格によるところが大きかったにせよ、これらは依頼者の心理として理解できないでもなく、また被告らには解任によって報酬の支払を免れようとする意図はなく、専ら自らの利益を守るために出たものであると認められる。

他方、原告らは、受任事件の複雑困難に加えて依頼者の右のような強い個性と性格に鑑みると、訴訟活動はもとより依頼者に対する説明説得等の対応に多大の労力と精神的負担を要したであろうことは容易に推察されるものの、受任後解任直前までの間に被告春子とのやりとりの中で証拠上認められる山林台帳や遺言書の提出、損害立証の方法や紛争処理の進め方等に関して被告春子から出された種々の注文、期待《証拠省略》、既に昭和五四年五月一六日付けで原告らの調査、立証活動の遅滞についての不満を書きしるして公証人の確定日附をとっていること、《証拠省略》録音テープや甲山菊夫に対する日当問題、証拠原本を提出、持参しない態度、原告らも認めている昭和五四年秋ころからの被告らの非協力的態度、解任直前、直後に噴出した請求認諾金受領問題や保全処分供託金納付書の問題《証拠省略》等々の経緯を見れば、被告春子の原告らに対する期待と不満がその態度に出なかったはずはなく、原告らとしては、遅くとも昭和五四年秋ころ以降被告春子の右のような期待と不満を察知し、進んでその存念とその後の訴訟等の進め方について被告春子の腹蔵のない意見、意向を確かめ、専門家として自ら受任関係を継続すべきかどうかを含めて検討する機会があったものと考えられ、《証拠省略》に照らしても、原告らのこのような面でのいまひとつの配慮と努力があれば解任という事態に立ち至らずに済んだ可能性もなかったとはいえない。

以上認定の当事者双方の事情、前記第五及び第七で認定した個々の解任事由の存否と評価並びに前記第三、第四及び第六で認定した原告らの訴訟活動とその後の両事件の帰趨(各事件とも後任弁護士に委任され特に長岡訴訟事件は原告らの約二年一〇か月の関与の後更に主張、立証が尽され弁論終結まで五年余、判決言渡しまで六年余を要し、結果は後任弁護士による請求の大幅拡張があったものの被告春子の大部分敗訴に終ったこと。)に鑑みると、本件の場合被告らが原告らを解任したことには合理的な理由がなかったとはいえず、したがって日弁連の報酬等基準規程第五条所定の「弁護士の責に帰することのできない事由」には該当しないものというべきである。

3  もっとも、原告らは、被告らに対し、民法六四八条三項に基づき、受任後解任されるまでに行った事務処理の割合に応じた報酬を請求することができるものと解するのが相当である(原告らの本訴請求中にはかかる請求の趣旨をも包含するものと解される。)から、以下、原告らの報酬額について検討する。

三1  原告らが被告春子から受任した訴訟事件等の内容及びその訴訟物の価額等の経済的利益の程度が別紙「訴訟事件等一覧表及びその訴訟物の価額等」記載のとおり(原告ら関与当時の長岡訴訟事件の訴訟物の価額の合計は金八七二五万八五五七円)である事実は、当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、土地境界確定事件の訴額は金八万八八五〇円であること及び日弁連の報酬等基準規程第一七条は「前条により経済的利益を算定することができないときは、その価額を三〇〇万円とする。」旨規定されていることが認められる。

2  被告春子が原告らに対し長岡事件の着手金として金五〇万円を支払った事実、新潟地方裁判所長岡支部への出頭等のための交通費、宿泊代、食事代等の諸実費の大部分を負担した事実、及び被告夏夫が原告らに対し土地境界確定事件の着手金として金一〇万円を支払った事実は、当事者間に争いがない。また、被告春子が原告らに対し支払った日当の額(被告春子は合計金一一九万円である旨主張する。)については金七八万円の限度において当事者間に争いがなく、被告春子が原告らに対し右金七八万円を超えて日当を支払った事実については、これを認めるに足りる客観的証拠はない。

3  《証拠省略》によれば、日弁連の報酬等基準規程第一八条は、訴訟事件の手数料及び謝金に関し、事件の対象の経済的利益の価額を基準とした算定方式を定め、同規程第二〇条は、調停事件の手数料及び謝金の額について、同規程第二三条は、仮差押、仮処分に関する事件の手数料について、同規程第三五条は、告訴、告発等の手続の手数料について、それぞれ規定している事実が認められる。

4  以上を前提に被告春子が原告らに支払うべき報酬額につき検討するに、前記第二において認定判示した長岡事件委任の際にいきさつ、第三において認定判示した原告らの訴訟活動の実態、事件の進行状況、難易の程度、第五において認定判示した解任に至る経過、第八の二において認定した解任の動機、原因、第六において認定した解任後の長岡事件の推移、第一審判決の結果等を総合考慮し、更に右1において認定判示した長岡事件の経済的利益の程度、右2において認定判示した被告春子の原告らに対する着手金(長岡事件の着手金の額は、紛争内容に照らし低額であったと認められる。)及び日当等の支払状況、右3において認定判示した日弁連の報酬等基準規程にも鑑みれば、被告春子が民法六四八条三項に基づき委任期間中の原告らの事務処理の対価として支払うべき報酬の額は金一五〇万円と認めるのが相当である。

5  次に被告夏夫が原告らに支払うべき報酬額につき検討するに、前記第四において認定判示した土地境界確定事件委任の経過、原告らの訴訟活動の実態、事件の進行状況、《証拠省略》から看取される事件の難易度、前記第五において認定判示した解任に至る経過、第八の二において認定判示した解任の動機、原因、第六において認定判示した解任後の土地境界確定事件の推移等を総合考慮し、更に右1において認定判示した土地境界確定事件の経済的利益の程度、右2において判示した被告夏夫の原告らに対する着手金の支払状況、右3において認定判示した日弁連の報酬等基準規程にも鑑みれば、被告夏夫が民法六四八条三項に基づき委任期間中の原告らの事務処理の対価として支払うべき報酬の額は金二〇万円と認めるのが相当である。

6  なお、原告らは、右遅延損害金の起算日を被告らが原告らを解任した日である昭和五五年二月二日と主張しているが、右解任の際原告らが被告らに対し具体的な金額を示して弁護士報酬を請求した事実を認めるに足りる証拠はなく、前記第五7において認定判示した解任後の経過に鑑み、原告らが被告らに対し同年九月二〇日付内容証明郵便でもって長岡事件及び土地境界確定事件の弁護士報酬として金一〇〇〇万円を請求し、右内容証明郵便が被告春子に到達した日の翌日である同年九月二三日をもって遅延損害金の起算日とするのが相当である。

第九被告春子の反訴請求について

一  報酬過払分金五〇万円の請求について

被告春子は、原告らの受任期間中の活動の実態に応じた報酬等の額は着手金をも含めて金九三万円が相当であり、被告春子は原告らに対し五〇万円過払をしたことになる旨主張するが、被告春子の着手金及び日当等の支払状況をも考慮したうえでなお被告春子に原告らに対する金一五〇万円の報酬支払義務があることは前記第八の三4において判示したとおりであるから、被告春子の報酬過払分返還請求はその前提を欠くものとして失当である。

二  印鑑証明書引渡請求について

被告春子は、昭和五三年六月ころ原告乙山の求めにより同原告に対し同被告名義の印鑑証明書二通を交付した旨主張して原告らにその返還を請求するが、前記第七の三において判示したとおり被告春子が原告乙山に印鑑証明書二通を交付した事実を認めるに足りる証拠はないから、被告春子の右印鑑証明書引渡請求は理由がない。

三  慰謝料請求について

被告春子が原告らを解任した後も原告らに対する不信感を増幅変容させ、それが受任期間中の原告らの言動に対する各種の非難となって噴出したことは前示のとおりであり、その過程において被告春子が少なからぬ不満と不安、焦燥を抱いたであろうことも推測に難くないところである。しかしながら被告春子の主観的認識はともかく、前示のとおり原告らは受任弁護士として精一杯の努力をしたものであって、受任期間中に行った訴訟活動等に一般的見地からみて債務不履行等特段非難さるべき点は見当たらず、原告らがことさら依頼者の利益に反するような行動をとったり、事件処理を曖昧杜撰に行うなど受任弁護士として不信義、不誠実な態度を示した様子は窺われないのであり、また、以上のような訴訟活動を行いながら依頼者により一方的に中途解任された原告らが、解任後に依頼者である被告春子に対し報酬請求をし、そのための訴訟提起を行ったとしても、これを被告春子に対する違法な権利侵害と見るべきではない。従って、被告春子の不法行為による損害賠償請求もまた失当であると言わざるをえない。

四  小結

以上のとおり、被告春子の反訴請求はいずれも理由がない。

第一〇結論

以上判示したとおり、原告らの本訴請求は、被告春子に対しては弁護士報酬金一五〇万円、被告夏夫に対しては弁護士報酬金二〇万円、及び右各金員に対する昭和五五年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告春子の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 小田泰機 西川知一郎)

〈以下省略〉

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